二人ぶんの朝食

魔術師免許の最終試験に、リネットは同じ術で三度落ちていた。

炎を細く保つだけの術なのに、緊張すると火柱になる。同期からは陰で「かまど娘」と呼ばれ、教官には実家へ戻れと言われた。四度目に落ちれば見習い資格を失い、同居人エムナと借りている屋根裏部屋も手放すことになる。

三度目の不合格の日、リネットは荷物をまとめた。エムナは引き止めず、空になった棚へパンを二つ置いた。「明日の分まで食べてから決めて」とだけ言った。翌朝、リネットは荷ほどきをした。

試験前夜、リネットは「足りない魔法を売る店」へ行った。

「炎を制御する術を一回ぶんください」

店主は赤い砂糖菓子を一粒出した。

「大きな魔法でも小さな魔法でも、代金は何でもない一日の記憶を一つ」

何でもない日なら、いくらでもあると思った。

店主が並べた記憶の中から、雨の火曜日を選ぶ。寝坊して、エムナと焦げた粥を食べた朝。窓から雨漏りし、二人で鍋を置いた。仕事の愚痴を言い、最後の蜂蜜を半分ずつ使った。

事件も告白もなかった。ただ、エムナが欠けた青い杯を差し出し、「今日も帰ってきてね」と言った。二人とも昼の予定を忘れ、靴下は片方ずつ濡れた。けれど夜には同じ卓へ戻った。あの朝のあと、リネットは初めて失敗をエムナへ隠さなかった。

リネットは、その朝を何度も思い出して試験場へ向かっていた。落ちても帰る場所があると思える、何でもない一日だった。

「もっと昔の、どうでもいい日では駄目ですか」

「あなたが本当に何でもないと思う日を、自分で選ぶんだ」

明日受かれば、部屋を守れる。朝食も続く。そのために、一つの朝を払う。

リネットは赤い菓子を舌へ載せた。

焦げた匂い。雨漏りの音。青い杯を持つ手。どれも甘さの中へ溶け、消えた。

翌朝、彼女は試験場へ急ぐ前に、なぜか卓上へ杯を二つ置いた。

一つは自分の白い杯。もう一つは、縁の欠けた青い杯。

「私、これ使ってたっけ」

エムナが答える前に、試験開始の鐘が鳴った。

リネットは二人ぶんの湯気を残し、扉を飛び出した。