二人目の鍵

日曜の午前七時、銀行支店の裏口へ、工具鞄を持った男が来た。

「ATMの紙幣詰まりです。開店前に直します」

警備員の富樫澄江は作業依頼書を受け取った。会社名も印章も本物に見える。ただ、作業者欄には二人の名前があるのに、立っているのは一人だった。

「もう一人は?」

「体調不良。簡単な修理なので私だけで」

男は急いで内扉を指した。現金を扱う区画は二名体制が決まりで、鍵も別々に管理される。富樫が一人分を代わりに開ければ、記録上は二人でも、実際には誰も作業を見ていないことになる。

男は「支店長に電話する」と自分の携帯を差し出した。富樫は受け取らず、警備席に登録された保守会社の番号へかけた。呼び出し中も、パニックボタンの前に鞄を置かせない。男が置こうとした位置を、足で静かに空けておいた。

確認中、富樫は内扉の鍵を机へ出さなかった。見える位置に置けば、入れない理由より、開けられる方法を相手へ教えることになる。

保守会社の当直は、依頼日が翌週だと答えた。支店名も似ているが、隣町の支店だった。依頼書は偽造ではなく、男自身が日付と場所を読み違えていた。

「でも、ここのATMも停止表示が出ている」

男が画面を指す。富樫は警戒線の外から確認し、停止理由を支店の担当者へ照会した。前夜の定期点検で電源を切ったまま、表示札を外していなかっただけだった。

ここで男を入れれば、故障していない機械を開け、内部の確認手順を崩すところだった。

富樫は作業を追い返すのではなく、保守会社に正しい支店への到着予定を伝えさせた。男の身分証と依頼書は撮影せず、閲覧時刻だけを記録する。間違いと不正を同じ扱いにすれば、次から作業者は隠そうとする。

男は工具鞄を持ち直し、頭を下げた。

「二人目がいない時点で帰るべきでした」

「こちらも停止札を確認します」

午前八時、支店員が出勤し、ATMの電源が入った。正常画面が点灯した直後、現金輸送車が裏口へ着く。

富樫は二人の乗務員を見て、警戒線を引き直した。

今度こそ二人目の鍵が必要な仕事だった。