二十五センチの安全靴
高宮寧々が物流倉庫を辞めて大型トラックの教習所へ行くと聞いたとき、小森翠子は最初に「腰、壊すよ」と言った。
心配より先に否定が出たことを、あとで謝れなかった。翠子は同じ倉庫で班長を目指している。決まった棚、決まった時間、毎月ほぼ同じ給料が好きだ。寧々は、同じ景色を十年見る想像をすると息が詰まると言う。
「安定が怖い人もいるんだね」
「不安定が平気な人みたいに言わないで」
二人はそれ以上話さず、出荷ラベルを貼った。
寧々の最終週、新しく入った女性作業員に安全靴が支給された。足は二十五センチなのに、女性用の在庫は二十四・五までしかない。総務は「男性用でいいでしょう」と箱を渡したが、幅が合わず、歩くたび踵が浮いた。
翠子は中敷きを入れれば済むと言った。寧々は、合わない靴で一日歩かせるのは危ないと言った。
その午後、作業員がパレットの角で足をひねった。軽い捻挫だったが、翠子は自分の言葉を思い出した。
倉庫の端には、返品予定の安全靴が積まれていた。寧々は一箱ずつサイズを確認し、翠子はメーカーの寸法表を開いた。男性用と女性用では同じ二十五センチでも足囲が違う。二人は返品箱の中から幅の近い一足を見つけ、紐の通し方を変え、滑り止めの中敷きを合わせた。
「正式支給じゃないから、勝手に使わせられない」
翠子が言うと、寧々は箱を閉じかけた。
「じゃあ、正式にする」
翠子は備品変更申請を起こした。寧々は教習所で受け取ったばかりの自分の採寸表を添付し、必要サイズの一覧を作る。退職者が先の職場の資料を持ち込むことに翠子は眉をひそめたが、数字は正確だった。
総務から承認が来るまで、二人は出荷を一列止めた。主任は遅れを気にしたが、翠子が責任者欄に署名し、寧々が現場確認者の欄に署名した。
新しい靴を履いた作業員が歩いてみる。踵は浮かなかった。
帰り際、寧々は古い安全靴を処分箱へ入れた。翠子はその箱を持ち上げ、寧々は新しい在庫申請の束を持った。二人は別々の重さを抱え、同じ備品室まで運んだ。