二度鳴った非常ベル
解体前の団地で、非常ベルが一度鳴った。
田母神槙刑事は、焼け跡の残る管理室で秒針を見た。十年前の放火事件では、管理人の麦倉健が警報を切って火を放ったとされた。自白と警報記録が有罪の柱だった。
同行した砂越省吾警視は、当時の第一臨場者である。
「再現は終わりだ。古い設備に意味はない」
田母神は答えず、廊下の感知器へ熱を当てた。三十秒後、ベルがもう一度鳴った。音の間隔は、保存された一一九番通報の背景音と同じだった。
最初のベルは手動発信、二度目は熱感知。事件報告書には《火災発生後に感知器が一度作動》としかない。装備貸出簿では、砂越が専用鍵を午前二時十七分に返却している。公式の臨場時刻は二時二十四分だった。警察は、現場に着く七分前に現場の鍵を返していたことになる。麦倉の自白が録られたのは三十時間後で、砂越自身が警報盤の構造を図に描かせている。図の誤った配線まで、砂越の報告書と同じだった。
「最初の警報を誰かが止めています」
田母神は制御盤を開いた。リセットには専用鍵が要る。鍵穴の横に、古い管理番号が擦れて残っていた。《県警装備課・火災現場用》。第一臨場の警察官だけが持つ鍵だ。
砂越は無言でポケットへ手を入れた。現行型の同じ鍵が揺れた。
「私は救助のため先に入った。報告時刻を五分ずらしただけだ」
「あなたの無断捜索中に、室内のストーブが倒れた。だから一度目を消したんですね」
「証拠はない。麦倉は自白した」
「自白には《ベルは一度も鳴らなかった》とあります。彼は二度どころか、一度目も聞いていない」
砂越が田母神の腕を掴んだ。
「県警が放火を作ったと書けば、お前も終わる。この団地の薬物捜査、協力者、全部表へ出るぞ」
解体業者の重機音が近づいた。制御盤は今日中に瓦礫になる。
田母神は腕を振りほどき、盤から警報ログの記憶基板を外した。鍵と一緒に証拠袋へ入れ、現場封鎖の赤札を扉へ貼る。
二度目のベルが鳴り終わる前に、彼女は再捜査申立書へ署名した。