二時十七分の時計

壁の時計は、二時十七分で止まっていた。

「電池を替えてくれ」

戸川詩歩が病室へ入るなり、祖父は時計を指した。病院の備品ではない。自宅の台所からわざわざ持ち込んだ、茶色い縁の安い時計だった。

祖父はもう数日だと聞いている。止まったままでも困る人はいない、と詩歩は思った。

その時計は、祖父の台所で二十年以上、朝食の時間を知らせてきた。七時十五分になると祖父は必ずラジオを切り、味噌汁の火を止めた。進学で家を出た詩歩は、帰省するたび五分ほど遅れているのを見つけて直した。祖父は「急ぐ用事がない」と、また少し遅らせた。

「新しいの買ったほうが早いよ」

「時計は悪くない。電池が切れただけだ」

ベッド脇の引き出しには、単三電池が一本入っていた。祖父は何でも予備を用意する人だった。懐中電灯の電池、輪ゴム、爪楊枝。死ぬ準備より先に、時計の電池を用意していたらしい。

詩歩は壁から時計を外した。裏蓋の溝へ爪を入れるが、固くて開かない。祖父の果物ナイフを借りようとすると、看護師に止められた。代わりに硬貨を使うよう教えられ、財布から十円玉を出した。

蓋が開く。古い電池の端には白い粉が少しついていた。詩歩はティッシュを細く折り、溝の隅まで拭き取った。粉が指につくと、祖父が「目をこするな」と言った。まだ自分が注意する側でいたいらしい。

新しい電池をはめた。

秒針が動き出さない。

「向きが逆」

祖父が言った。詩歩は電池を外し、突起のあるほうを反対へ向けた。今度は秒針が一つ進み、また止まった。

「つまみを回して、現在時刻に合わせるんだ」

スマートフォンは午後四時三十八分を示している。詩歩は小さなつまみを回した。針が二時十七分を離れ、祖父の残り時間を先へ押し出すようで、途中で指が止まった。

祖父は何も言わず、窓の外の明るさを見ていた。

詩歩は再びつまみを回した。長針が一周し、短針が少しずつ傾く。四時三十八分に合わせたところで、秒針が規則正しく進み始めた。

時計を壁のフックへ掛け直す。傾きを左右から確かめ、縁を指で一度押した。

秒針が十二を越え、四時三十九分になった。