二皿目のスープ
久留島景が仕込んだスープを、堂ノ脇恭平は一口すすって言った。
「悪くない。今日から私のレシピだ」
景は下ごしらえ担当だった。新しい支店の料理長候補を決める試食会が近づくと、堂ノ脇は彼女を試作から外し、鍋洗いへ回した。
「客は若い料理人の名前で食べない。看板になる人間が必要なんだ」
景は閉店後、余った蕪を低い温度で焼き、葱の焦げる秒数を変えていた。堂ノ脇は味見のたび、塩が弱い、色が地味だと言い、翌朝には同じ手順を自分の試作表へ書き写した。景のノートは、油の染みたまま引き出しの奥へ押し込まれた。試食会の朝も、堂ノ脇は自分の白衣だけを新しくし、景には焦げた鍋を磨かせた。湯気の向こうで、盗まれたスープだけが静かに温められていた。
試食会当日、堂ノ脇は白い鍋の前に立ち、蕪と焦がし葱のスープを自作だと説明した。景が何度も失敗し、乳製品を使わずに甘みを出した配合だった。
店のオーナーは、候補者全員の料理を番号だけで審査する決まりにしていた。厨房責任者が、盛りつけ前の鍋から直接二皿ずつ取り、封印札を付ける。堂ノ脇はその手順を知りながら、景の鍋へ自分の番号札を置いた。
「黙っていれば、支店へ連れていってやる」
景は自分の番号の皿を作り直した。残っていた蕪の葉と豆を使った、まかないに近いスープだった。
審査が終わり、最高点は焦がし葱の皿についた。堂ノ脇は先に立ち、香りを引き出す温度まで流暢に語った。
オーナーが尋ねる。
「乳製品を使わず、とろみを安定させた方法は?」
「企業秘密です」
「では、アレルギー表示の根拠は?」
堂ノ脇は答えられない。
厨房責任者が封印札を裏返した。採取時刻と鍋番号、仕込担当者の電子署名が印字されている。最高点の皿は《鍋四・久留島景》。堂ノ脇の番号札を置いた時刻も、厨房カメラから記録されていた。
オーナーは新支店の雇用契約書を開き、料理長欄へ景の名を書いた。
「新支店の厨房は、久留島景に任せます」