五桁だけの住所
迷路都市の郵便局には、届かない小包が山になっていた。
《噴水の裏の赤い家》《古いパン屋を右》《鐘がよく聞こえる路地》。住民はそう住所を書き、同じ赤い家が十二軒、古いパン屋は三年前に移転していた。昨日の百通では十九通が戻り、配達長は新人の皆月藍子を「土地勘がない」と解雇しようとした。
藍子は住所を覚えなかった。
城壁内の地図を百の区画へ分け、東西を二桁、南北を二桁で表した。最後の一桁は区画内の家番号。噴水も店名も書かず、荷札には五つの数字だけを大きく記す。
試験用の百包を前に、古参配達人が笑った。
「数字だけで家の顔が分かるか」
藍子は包を数字の上二桁ごとに十の籠へ分けた。配達人は自分の区域の籠だけを持つ。交差点では地図の縦横を数え、最後の数字の扉で止まった。
最初の包は三分で届いた。二十番目も、五十番目も戻らない。
午後の鐘が鳴る前に、百軒すべての受領札がそろった。誤配、零。戻り荷、零。前日六人で夕方までかかった百包を、四人が二刻で配り終えた。
古参配達人は、五桁では人情がないと不満を言った。藍子は昨日戻った十九包へ新番号を付け、土地勘のない見習い二人へ半分ずつ渡した。二人は噴水の名もパン屋の移転先も知らない。それでも地図の縦線と横線を数え、十九枚の受領札を一刻で持ち帰った。
不達包の保管棚は三段空き、再配達に使っていた馬一頭と御者二人が新規便へ回った。住所を尋ねるため隣家を叩いた回数も、百通で四十六回から零。住民は荷札を見れば、自宅の位置が同じ五桁で表されるとすぐ理解した。
火事や病人の通報にも使えると気づいた衛兵隊は、各角の壁へ区画番号を描き始めた。小包を届けるための数字が、都市全体の迷子をなくそうとしていた。
配達長は試しに、誰も知らない新築家屋へ包を出した。藍子は《七四二一六》と書くだけ。地方から来たばかりの臨時配達人が地図を一度見て走り、十分後に受領札を持ち帰った。
「土地勘は?」と藍子が尋ねる。
臨時配達人は首を振った。
局長は山積みだった不達包へ新しい五桁札を貼り始めた。
「解雇するのは古い住所のほうだ。藍子、都市番号簿を正式採用する。作成官の席へ」