兄の順番は明日
新倉航己は毎朝、病室の端末で弟・朔理の移植順位を確認する。信用点数八八九。国内の適合患者では一位だった。
「今日も一位。心臓が来ればすぐだ」
そう言うと、朔理は酸素管の下で親指を立てた。
午後二時、提供心臓の到着通知が鳴った。適合率九十七%。医師たちが手術準備を始め、航己は同意画面に署名した。
その三分後、順位が二位へ変わった。
《新規適合患者:信用点数八九〇》
一ポイント上に入ったのは、都市再開発委員の男性だった。ニュース画面では昨日まで公務へ復帰した姿を見せている。歩いて会見できる人間が、人工心肺につながれた朔理より上だった。
移植臓器は、医学的に適合する患者のうち信用点数が最も高い者へ渡る。重症度で順番は変わらない。
「こっちは半年待ってるんです」
航己が医師へ詰め寄る。
「待機期間も、年齢も、今夜を越せるかも、判定項目ではありません」
朔理の点数履歴には、昨日の減点があった。
《服薬時刻の遅延:一分四十秒》
《一ポイント減算》
嘔吐して薬を飲み直したせいだった。あの一分がなければ、同点。登録の早い朔理が優先された。
航己は再評価を求めた。看護師が端末を朔理へ向ける。
「治療を続ける意思がありますか」
朔理は頷こうとして咳き込み、回答時間を超えた。
《意思確認不成立》
《現状維持》
廊下を、銀色の搬送箱が通る。朔理の手術室へ来るはずだった心臓が、別棟へ運ばれていく。
「兄ちゃん、明日も一位になる?」
「なる。次が来る」
航己は即答した。
端末の予測欄には、《次回提供まで平均三十四日》と出ていた。朔理の予測生存時間は十一時間だった。
夜九時、再開発委員の移植成功が発表された。公共貢献への期待から、その信用点数は九二四へ上昇した。
朔理は眠ったまま、八八九から動かない。
日付が変わる直前、航己の端末に通知が来た。
《新倉朔理さんの待機順位:一位》
航己は画面を弟へ見せた。
「ほら、一位に戻ったぞ」
返事はなかった。
午前零時二分、心拍が止まる。順位表示が消え、次の患者が一位へ繰り上がった。
最後の通知にはこう書かれていた。
《移植機会を得られなかったことによる信用上の不利益はありません》
弟は死んでも、点数だけは失わなかった。