分岐点で操作不能
【ゲーム制作『分岐標』】
02:03 犬塚湊人
リポジトリをアーカイブします。
02:04 結城こはく
待って。エンディング未実装。
02:04 赤松颯士
バグも百七件ある。
02:05 犬塚湊人
だから終わり。
三人が二年かけた探索ゲームは、主人公が森の分岐点に立つところまでしか動かなかった。右へ進むと画面が落ち、左へ進むと最初の村へ戻される。
湊人は鉄道会社の保守部門で働く。こはくはゲーム会社の背景デザイナー、颯士は実家の倉庫を借りて個人開発を続ける。
02:09 結城こはく
週末だけコードを書けばいい。
02:10 犬塚湊人
昼に本物の信号を直して、夜に架空の道を作る体力はない。
02:11 赤松颯士
体力じゃなく、完成させて評価されるのが怖いんだろ。
入力中の表示が消えた。
02:15 犬塚湊人
そうかも。未完成なら、失敗じゃないってずっと言えるから。
颯士が最後のバグ報告を開く。〈分岐後、主人公が元の位置へ戻る〉。こはくは〈私たちみたい〉と送って、すぐ取り消した。湊人は取り消し前に読んでいた。
02:18 犬塚湊人
戻るんじゃなく、進めてないだけ。
その一文が、プロジェクトの最後の更新記録になった。
02:20 結城こはく
私は会社で、知らない人の世界を描く。
02:21 赤松颯士
俺は一人で完成させる。売れなくても。
02:22 犬塚湊人
俺は、動かないものを動かす仕事に行く。
湊人は所有権を二人へ移し、管理者を降りた。ただし分岐点の処理だけは、自分の名前で残す。
02:25 犬塚湊人
ここ、直さないで。
02:26 赤松颯士
理由は。
02:27 犬塚湊人
俺がいた証拠じゃなく、迷ってた証拠にしたい。
〈犬塚湊人がグループから退出しました〉
アーカイブ後も、説明書の作者欄には三人の名前が残った。颯士が湊人の名を消すか訊くと、こはくは首を振るスタンプを送る。完成していない作品から作者だけ退職する機能はなく、三人目の名前は灰色のまま表示された。
こはくがゲームを起動する。主人公は二本の道の前で足踏みを続け、どのキーを押しても進まない。画面の隅では、湊人が描いた小さな信号だけが、赤から青へ、青から赤へと変わり続けていた。