削除された月曜日
法人向け予約管理SaaS「リノカレンダー」の出資会議で、海老塚湊は顧客調査を請け負うコールセンターの班長だった。会社は年間経常収益三億円を達成し、評価額六十億円を求めている。
根拠は月末に締結した百二十社の年額契約。契約書はすべて日曜日の日付で、経営者の電子署名もそろっていた。
湊は顧客へ利用開始の案内をするため、署名システムの管理画面を見た。百二十社への署名依頼メールが送られたのは翌月曜日午前九時三十分。依頼前の日曜日に署名することはできない。
最高財務責任者は、日曜日に口頭合意し、月曜日に形式処理しただけだと説明した。
湊は通話録音の一覧を示した。百二十社のうち八十七社は無料試用の案内しか受けていない。三十一社は会社名が実在せず、二社はすでに解散していた。正式に年額契約を認めた顧客はゼロ。
署名PDFを詳しく見ると、日曜日の日付部分だけ画像として貼られ、電子証明の実時刻は月曜日午後だった。しかも署名者のIPアドレスは全件、リノカレンダー本社と同じ。
「営業担当が代理入力しただけだ」と創業者は言った。
湊は契約書の自動更新条項を指した。代理署名の委任記録はない。解約不能の契約を顧客の知らないところで作り、売上として計上していた。
コールセンター契約を失えば、湊の班も解散する。それでも、月曜日の送信ログへ自分の確認署名を付けた。
「削除されたのは曜日ではなく、顧客の意思です」
湊は百二十社の契約番号にも規則を見つけた。本来は顧客ごとに自動採番されるのに、末尾だけ001から120まで連続し、作成者欄は全件同じ営業部長だった。顧客が署名した契約ではなく、投資資料のために一括生成した帳票だった。
営業部長の端末からは、契約PDFと同時刻に作られた『ARR三億達成用』という作業フォルダも保全された。
投資委員長は三億円の売上欄を線で消し、出資契約書を閉じた。百二十社が署名したことにされた日曜日で、六十億円の決裁が止まった。