削除される告白ブランチ
二十三時五十分。篠原兼成は無人の開発室で、小早川乃衣の退職アカウントを削除する画面を開いていた。午前零時になれば権限が切れ、彼女が残した作業用ブランチも自動消去される。
二人は学生時代から、選択肢で結末が変わる小さなゲームを作ってきた。会社へ入ってからも、業務の隙間に一つだけ非公開の作品を続けた。ブランチ名は〈friends_only〉。主人公と相棒が、最後まで友人のまま世界を救う話だった。二人は恋愛ルートを実装しない理由を「作品の純度」と呼び、互いに笑って納得した。
「消していいよ」と、乃衣が通話越しに言った。空港へ向かう電車の音がする。海外支社への転籍は今夜決まった。
「完成してないだろ」
「完成させないって決めたから」
「向こうでも友達ではいられる」
「兼成は、その結末しか選ばないもんね」
十か月前、乃衣は同じ町で会社を始めないかと誘った。兼成は、友人と生活まで混ぜるのは危険だと断った。彼女が仕事の話をしていると思ったからだ。
二十三時五十七分。最後の自動ビルドが始まった。残り三分。乃衣は「間に合わないね」と笑い、通話を切った。
午前零時直前、画面に完成版が立ち上がった。最終場面には、兼成が見たことのない選択肢が一つ増えている。
〈友達エンドをやめる〉
選ぶと、相棒が主人公へ鍵を渡した。
〈仕事場じゃなく、帰る部屋の鍵。受け取るなら同じ町に残る〉
ソースのコメントには半年前の日付で、〈兼成が現実で選ばなかった場合だけ公開〉とある。乃衣の誘いは、共同起業だけではなかった。彼女は部屋まで借り、合鍵を作っていた。断られた翌日に解約したため、画面の鍵は灰色になっている。
アカウント削除の確認が重なった。選べるのは〈削除〉か〈管理者へ統合〉。会社の規則では私的なコードを残せない。兼成は迷い、空港へメッセージを送ったが未読だった。
零時。彼は〈friends_only〉という名前だけを削除し、ブランチを本編へ統合した。画面では、灰色の鍵が一度だけ光った。