割り勘にできない夜

「終電を逃したら、タクシー代は半分ね」

葛西紅葉は、高遠晶吾と飲むたびそう決めていた。

二人は何でも割り勘にした。映画も食事も旅行の宿も一円単位で分ける。片方だけが多く払えば、関係の重さまで偏る気がしたからだ。友達なら、それがいちばん長く続く。

その夜、晶吾は転職で来月から長崎へ移ると話した。紅葉は「おめでとう」と言い、最後の一杯を注文した。店を出ると終電まで七分。走れば間に合うのに、二人とも歩いた。

「急がなくていいの?」

「紅葉こそ」

「私は次の駅だから」

「俺も送る」

改札へ着いたとき、発車案内が点滅した。ホームへ続く階段の上でベルが鳴る。

紅葉が走り出そうとすると、晶吾が手をつかんだ。電車の音は遠ざかり、二人は最終列車を見送った。

「何してるの。タクシー高いよ」

「今夜は俺が払う」

「割り勘でしょ」

「じゃあ、次は紅葉が払って」

晶吾はスマホを差し出した。翌月の長崎行き航空券が二枚、予約画面に並んでいる。一枚は晶吾の引っ越し便、もう一枚はその二週間後の紅葉の名前だった。

「勝手に取ったの?」

「変更できる。嫌なら消す」

紅葉は消す代わりに、自分のカードで帰りの航空券を買った。さらに翌々月、晶吾が東京へ来る便を予定表へ入れる。

「これで半分」

「何が?」

「会いに行く回数」

晶吾は笑い、つかんだ手を握り直した。タクシーが着いても、後部座席では指を離さない。

後部座席で紅葉は、航空券代を送金しようとしてやめた。代わりに長崎で行きたい店を共有地図へ保存し、晶吾を共同編集者に招く。晶吾は港、喫茶店、夜景の丘を追加した。金額では同じにできない夜を、これから使う時間で半分ずつ持つことにした。

紅葉は共同地図の名前を《友達旅行》から《紅葉と晶吾》へ変えた。晶吾は何もからかわず、保存された文字を長く見ていた。

二人は、同時に笑った。

「終電を逃したら、タクシー代は半分ね」

その夜、半分にしたのは料金ではなく、離れてからも会いに行く道のりだった。