北緯三十五度の丸
梶浦美緒が古書喫茶「経緯度」で開いた地図帳には、赤い丸が七つあった。
東京、仙台、金沢、福岡。頁をまたいで都市が囲まれ、それぞれに年号が書かれている。転勤の記録か、旅の記録か。最後の丸は、美緒が生まれた町と同じ地方都市についていた。
ただしその丸だけ、一度ではない。昭和六十二年、平成九年、平成二十年。三つの年号が重なり、横に「戻るたび、同じ場所ではない」と小さく書かれていた。
美緒の画面には、故郷にある出版社の求人ページが開いている。東京へ出て八年。今の会社で担当していた雑誌が休刊し、次は営業部へ異動するよう告げられた。故郷の求人は編集職で、給料は下がる。応募すれば、「東京でうまくいかなかったから帰る」と思われる気がした。
誰にそう思われるのか、美緒には分からない。高校の同級生とはほとんど連絡を取っていない。家族は帰ってこいとも残れとも言わない。それでも、上京した日の自分が、改札の向こうからこちらを見ているようだった。帰ることは、その頃の決意を取り消すことに思えた。
閉店間近の店に客は美緒一人だった。店主は地図帳の大きさを測り、普通の紙袋には入らないと分かると、二枚の包装紙を継いだ。継ぎ目を裏へ隠さず、ちょうど日本地図の中央に来る位置で貼り合わせる。一本の紙を装うつもりはないらしい。
値札を剥がすと、日焼けしていない四角が表紙に残った。店主はそこを着色せず、透明な保護紙だけを重ねた。時間の差が見えるまま、本を包む。
美緒は応募書類の住所欄へ、今の東京の住所を入力した。希望勤務地には、故郷の町を選ぶ。戻る前から、過去の住所へ戻るわけではないことが少し分かった。
職務経歴書の最後に、「休刊まで編集を担当」と書く。失敗とは書かなかった。そこで身につけたことも、置いていく必要はない。
送信ボタンを押すと、受付完了の時刻が新しい年号のように画面へ残った。地図帳の丸が包装紙越しに指へ当たった。
北緯三十五度の同じ町へ、別の年号を持って帰る。その丸は、上京の日に引いた線を消さず、線の続きを曲げるだけだった。