十二回鳴った十一時半

大雪で閉ざされた山岳ホテルの書斎で、経営者の蓬莱院周作が撲殺された。発見は元日の午前零時十分すぎ頃だった。廊下を掃除していた客室係は「十二時の鐘が鳴り、その途中で重い物音を聞いた」と証言した。医師の見立ても、死亡は十一時半から零時の間だった。

容疑者は時計師の設楽原昴、周作の娘の勝沼環奈、支配人の静間和臣。三人は十一時四十五分から大広間の年越し宴にそろって出席し、零時には百人の客と乾杯していた。外は吹雪、玄関は雪で塞がれ、書斎へ通じる廊下も宴会場から見える。客たちは零時前から席を立たず、鐘が示す時刻に殺せた者はいない。

周作は夕食後、設楽原には修理費の架空請求を、勝沼にはホテル売却を、静間には横領を突きつけていた。三人とも書斎へ呼ばれたが、勝沼と静間は十一時二十分までに宴会場へ戻った。設楽原だけは古い大時計の調整を頼まれ、十一時三十二分に姿を現した。

残った手掛かりは三つだった。第一に、宴会場の録画では、鐘を聞いた客室係が十一時三十三分に駆け込んでいる。第二に、書斎の大時計は時打ち用の歯車が半目盛ずれ、毎時の鐘を三十分早く鳴らす状態だった。第三に、その歯車へ新しい油が差され、設楽原の修理布だけに同じ油が付いていた。

客室係は時計を持っておらず、十二回の鐘を聞いて「零時」と思ったにすぎない。実際には十一時半。設楽原が宴会場へ来る十三分前であり、勝沼と静間はすでに人前にいた。

「十二回鳴ったから十二時、とは限りません」私は大時計の扉を閉じた。「鐘が鳴ったのは録画が示す十一時半。設楽原さんは時打ち歯車を半目盛ずらし、殺害直後の音を零時の事件に見せた。勝沼さんと静間さんには十一時半にもアリバイがあり、あなたにはない。しかも歯車を調整し、同じ油を布へ残したのはあなただけです。全員が大広間にいた零時は、時計が作った架空の犯行時刻でした。あなたのアリバイは、三十分早く鳴った十二の鐘にしか存在しません」