十秒先の声
古海蓮司は、都市伝説を検証する配信で人気を得ていた。今回の題材は「先声電話」。山間部の公衆電話から配信すると、自分の声だけ十秒早く届くという噂だ。
地元掲示板の最古の投稿には、太字で一文あった。
《自分の声が十秒先を話しても、確かめるための質問をしてはいけない》
蓮司は視聴者へ読み上げ、「質問しなきゃ検証にならないだろ」と笑った。
午前二時、公衆電話の受話器をスマホの横へ置く。音声解析アプリは、先に聞こえる声を《話者:古海蓮司/収録時刻:十秒後》と判定した。録音ではなく、まだ存在しない時刻から入力されている。最初は風の音だけだった。やがて配信のスピーカーから、蓮司の声が聞こえた。
『今、車が一台通る』
十秒後、無灯火の軽トラックが背後を横切った。
『左の街灯が消える』
十秒後、街灯が消えた。
コメント欄は仕込みを疑った。蓮司も録音だと思い、証明のため一度だけ問いかけた。
「じゃあ俺が次に言う番号は何だ?」
スピーカーの蓮司が即答した。
『七三一九』
蓮司は番号を口にしなかった。コメント欄には十秒後の視聴者コメントまで先に表示され、《質問するな》という警告が、質問より前の時刻で埋まっていた。代わりに、先の声が続けた。
『質問したから、今度はこちらが聞く。玄関の内側にいるのは誰だ?』
十秒後、公衆電話のベルが鳴った。受話器を取っているのに、電話機本体が鳴り続ける。蓮司は配信を切り、逃げた。
帰宅せず、友人の部屋で朝まで過ごした。何も起きなかったため、恐怖も企画の余韻に変わりかけた。
午前九時、銀行アプリへログインしようとすると、SMSで認証コードが届いた。
【認証コード:7319】
同時に、自分の番号からメッセージが来た。
《正解》
続けて、スマートロックのアプリが通知した。
【玄関の内側から解錠されました】
友人の部屋のドアが、ゆっくり開く。廊下には誰もいない。
スマホの音声入力欄へ、蓮司が話していない言葉が先に表示された。
《次の質問をどうぞ》