千秋楽の赤いウインナー

赤いウインナーが舞台の食卓に現れた瞬間、吉良小春は自分の弁当が消えた理由を知った。

その二十分前。千秋楽の楽屋から、二段箱がなくなっていた。中には、赤いウインナーと甘い卵焼き、それから謝罪の手紙が入っていた。今日で劇団を辞める松永に渡すつもりだったが、顔を見るたび言葉が引っ込み、弁当はロッカーに隠したままだった。

二人が初めて稽古場で食べたのも、赤いウインナーだった。松永が「舞台の上では、嘘も本当に見せられる」と言い、小春はその自信がまぶしくて笑った。松永には、馬鹿にされた笑いに聞こえた。それきり、台詞以外の会話が減った。

ロッカーの近くにいたのは、主演の柴崎、道具係の越智、そして松永本人。柴崎は台本を探し、松永は衣装を取り、越智は小道具表を確認していた。

床には黒いガファーテープの切れ端。小道具表の「食卓の弁当」に赤い丸。舞台袖へ続く廊下には、見覚えのある白い輪ゴムが落ちていた。

小春が客席へ走ると、舞台では最後の通し稽古が始まっていた。別れを決めた姉妹が、食卓で向き合う場面。松永が小道具の弁当を開ける。

中にあったのは、小春の赤いウインナーだった。

松永の目が止まる。蓋の裏には手紙が貼ってある。

――あの日、あなたの台詞を笑ったのは、下手だったからじゃない。うらやましくて、怖かった。ごめん。

越智が隣で小さく頭を下げた。

「本物のほうが、今日の場面には合うと思った」

「勝手に使ったんですか」

「君が渡せないまま終わるよりは、怒られるほうを選んだ」

舞台上の松永は手紙を読んだまま、次の台詞を忘れた。小春には、その沈黙がこれまで交わせなかった会話の長さに思えた。やがて松永は、脚本にはない言葉を言った。

「冷める前に、食べよう」

客席にいた全員が息を止め、それから演出家だけが「続けて」と言った。

本番が終わるまで、弁当は舞台上に置かれた。カーテンコールのあと、松永が楽屋へ戻ってくる。箱には赤いウインナーが一つだけ残っていた。

「これ、半分にできる?」

小春が爪楊枝で真ん中を刺すと、松永が反対側を持った。

二人で引く。赤いウインナーは不格好に裂けた。

小春は小さいほうを口に入れた。松永も笑って、もう半分を食べた。