午前零時の弱冷房車
弱冷房車の空気は、冷たいというより薄かった。
晶はジャケットのボタンを外し、座席へ深く座った。天井の送風口が低く回り、止まり、また回る。窓には車内の白い照明が映り、外の雨粒を見えにくくしている。
高校の同窓会からの帰りだった。
十年ぶりに会った同級生たちは、結婚した人、独立した人、子どもの写真を見せる人、それぞれの時間を持っていた。晶は転職活動中だと笑って話した。嘘ではない。けれどまだ応募もしていないことは言わなかった。
向かいの座席に、同じくらいの年の女性がいた。きれいなパンプスを脱がずに、片足だけ少し浮かせている。踵に貼った絆創膏がずれ、赤くなった皮膚が見えた。
女性は鞄から新しい絆創膏を出した。電車が揺れるたび手元がぶれ、貼り直しては指で押さえる。やがてきれいに留まると、女性は息を一つ吐き、また何事もなかったように両足をそろえた。
晶は目をそらした。見られたくないものを見た気がしたからではない。整って見える人も、終電では靴ずれを直している。その事実を、勝手に励ましへ変えたくなかった。
空調が止まる。車内が十二分な静けさへ沈み、雨が屋根をたたく音だけが聞こえた。女性は次の駅で立ち上がり、少しだけ踵をかばいながら降りた。
ドアが閉じ、送風口がまた回る。女性の座っていた場所には、パンプスの先から落ちた小さな雨粒が二つ残っていた。電車が揺れると、二つは触れそうで触れず、座席の下へゆっくり流れた。
晶は同窓会の集合写真を開いた。全員が同じように笑っている。自分だけ遅れているように見えたが、写真には靴ずれも、帰宅後の部屋も、言わなかった不安も写らない。
画像を拡大するのをやめ、画面を閉じた。
自宅の駅まであと三つ。弱い風が前髪を少し動かす。転職の応募は明日でも、来週でも、自分が出せる日に出せばいい。今夜は比較をやめるための答えを探さなくていい。
晶はジャケットのボタンを開けたまま、座席の温度に背中を預けた。誰にも追いつかない時間を、一人でそのまま持ち帰れそうだった。