半分の年賀状
親友と呼んでいた人へ、七年も年賀状を書いていない。
喧嘩の理由は、今では説明しにくい。彼女の結婚式で私が余計なことを言い、彼女が私の仕事を軽く扱い、謝罪の順番を競っているうちに年だけが過ぎた。
大掃除で、出さなかった年賀状が見つかった。
真ん中の折り目に沿って破ると、右半分だけ知らない文章に変わった。
「あの年、電話をくれてありがとう。おかげで離婚を一人で決めずに済みました」
私の世界では、彼女が離婚したことさえ人づてに聞いた。
紙の右半分には、別の年月が続いている。
毎年会い、互いの子どもを預け、母親の葬儀にも立ち会ったらしい。私が病気をした年には、彼女が病室へ花を持ってきたと書かれていた。
羨ましさより先に、申し訳なさが来た。
向こうの私は、たった一本の電話をかけただけだ。
それだけで七年が別の形になっている。
左半分は、私が七年前に書いたままだった。
「昨年はいろいろありました。今年もよろしく」
何もなかったふりをする、卑怯な文章だった。
二枚を合わせると、文字の切れ目から別の写真が浮かんだ。
年を取った私たちが、温泉宿で同じ柄の浴衣を着て笑っている。
その写真の彼女は、こちらへ向かって口を尖らせた。
遅い、と言っているように見えた。
私は年賀状をテープで貼り、裏返した。
別世界の文章は消えた。
電話番号は変わっていなかった。
呼び出し音が続くあいだ、七年前の言い訳を全部考えた。けれど出た瞬間、口から出たのは別の言葉だった。
「今さらだけど、あなたの味方をしそこねた」
長い沈黙のあと、彼女が鼻をすすった。
「ほんとに今さら」
「うん」
「私も、あなたの仕事を馬鹿にした」
「うん」
「謝る順番、そっちが先ね」
「それでいい」
電話は三時間続いた。
失われた七年は戻らず、向こうの世界の思い出も私たちにはない。
それでも翌年の年賀状には、新しく撮った写真を貼った。
二人とも笑うタイミングを忘れ、妙に硬い顔をしている。
私はその不格好な一枚を気に入った。
選ばなかった世界の完成された笑顔より、今から作り直す関係の方が、少しだけ自分たちらしかった。
その年の夏、二人で温泉へ行った。写真と同じ柄の浴衣はなかったし、昔のように夜通し話す体力もなかった。途中でまた些細な言い合いになり、今度は翌朝までに謝った。
帰宅後、彼女から葉書が届いた。
「七年分は埋まらない。でも八年目はちゃんとあった」
私は半分に破らず、そのまま壁へ貼った。余白の多い一枚だったが、次の年を書き足すには十分だった。