反対側の改札

凛々子は旅行会社で他人の旅程を作りながら、自分は同じ道しか歩かなかった。会社から駅まで六分。北口から入り、二両目に乗り、家の最寄りでは東口へ出る。道を変えると夕食も洗濯も遅れる。知らない店に入って外れたら損だ。

 今月から隣のチームになった國枝惟は、出張経験が多いらしいが、自分の旅を語らない。無口で、机に各地の小石だけを並べている。雑談の代わりに、地図の余白へ小さな矢印を描く人だった。

 金曜の終業後、惟が凛々子の定期券ケースに青い付箋を貼った。

『今日は反対側の改札から出て、青いものを一つ見つける』

「遠回りになります」

 惟は腕時計を見て、五本指を開いた。五分という意味らしい。

「見つけたら何かあるんですか」

 首を横に振る。報酬も教訓もない課題だった。

 この日も窓口では、初めて一人旅をする客に「予定外の景色も楽しんでください」と笑っていた。言葉は滑らかに出たが、自分の予定に余白を入れることはできない。知らない道で迷えば、選んだ自分のせいになる。決められた道なら、退屈でも誰も責めなくて済むと思っていた。

 最寄り駅で、凛々子はいつもの東口へ向かった。青い付箋は捨てずに持っていた。改札の手前で、旅行の相談に来る客たちを思い出す。迷う時間も旅です、とパンフレットには書くのに、自分は五分さえ惜しんでいる。

 西口へ出ると、古い商店街があった。雨上がりの舗道には、東口では見えない夕空が細長く映っていた。青いものなら、クリーニング店の看板、花屋のバケツ、子どもの傘。すぐ三つ見つかって課題は終わった。

 帰ろうとしたとき、青い扉の小さな工房に気づく。窓には「金継ぎ体験・本日一席」と手書きされていた。家の棚には、欠けたまま使っていない祖母の皿がある。いつか直したいと思って、二年経っていた。

 体験は九十分。洗濯は遅れる。夕食も簡単になる。外れかもしれない。

 凛々子は青い付箋を定期券ケースへ戻した。ガラス越しに店主と目が合う。彼女はいつもの駅へ引き返さず、青い扉の取っ手を押した。