古書店の裏メニュー

水無瀬栞が勤める古書店には、小さな喫茶カウンターがある。ある日、棚の推理小説に鉛筆で「十二」「七」「十九」と数字が書かれているのを見つけた。

最初に数字を見つけた客は、暗号だと言って喜んだ。二人目は値引き額だと思い、栞を困らせた。冬木は消しゴムを持ってきたが、栞はなぜかすぐ消せなかった。数字のある本は、孤独な探偵に深煎り珈琲、家族小説に蜂蜜のスコーンと、妙に気が利いていたからだ。落書きした人は、本も店の味もよく知っている。それが悪意でないことだけは、推理する前から分かった。

数字は別の本にも増えた。商品への落書きなら困る。触れられるのは店主の冬木、菓子を納める唐沢、集荷に来る藤代の三人だった。

手掛かりは三つ。数字は頁番号ではなく、喫茶メニューの番号と一致する。書かれた本の内容と、十二番のシナモントースト、七番の深煎り珈琲などの味が妙に合う。そして鉛筆線には、唐沢の工房で使う小麦粉が白く残っていた。

藤代は配達票の数字しか書かず、冬木は甘いものをほとんど食べない。唐沢だけが客の注文を聞くたび、本棚を振り返っていた。栞が試しに「十九番は何と合いますか」と尋ねると、彼は反射的に「旅の随筆」と答え、口を押さえた。

閉店後、栞は唐沢へ数字だらけの本を並べた。

「裏メニューを作りましたね」

唐沢は紙袋で顔を隠した。

半年前、妻を亡くして店を休みがちになった彼へ、栞は毎週一冊ずつ本を選んだ。「返さなくていいし、感想もいらない」とだけ言った。その物語に合わせて菓子や飲み物を選ぶうち、誰かにも同じ楽しみを返したくなったという。

「でも名札をつけたら、僕の宣伝みたいになるでしょう」

だから数字だけを残し、気づいた客にこっそり注文してもらうつもりだった。

落書きではある。栞は少し考え、値札の裏へ正式なカードを差し込んだ。

〈本日の読書セット。選者は匿名〉

「これなら消さなくて済みます」

唐沢が焼いた十二番を二人で半分にする。シナモンの香りが、閉店後の棚へゆっくり広がった。

栞は角の砂糖を一口かじる。

「次の選書は、感想つきで返してください」

唐沢はようやく紙袋を下ろした。

「では、珈琲が冷めない長さで」