句読点の位置
志津野麗華の小説が文学新人賞の最終候補に残った。
夫の間瀬禎一は、授賞式の後方席でその題名を見ていた。自分が五年かけて書いた原稿と同じ題名だった。
麗華は編集者の男と壇上へ上がる。応募作には二人の共著と記されていた。
「夫も趣味で書きますが、完成させる根気がなくて。私たちの作品とは関係ありません」
司会者の質問に、麗華は滑らかに答えた。禎一が抗議しないと思っている。離婚と盗作を同時に公にすれば、恥をかくのは内気な夫だと。
選考委員長が封筒を開く前に言った。
「候補作について、著者確認が必要になりました」
ざわめきの中、会場のスクリーンへ二つの原稿が映る。一つは麗華の応募データ。もう一つは禎一が三年前、著作権相談のため弁護士へ送った原稿だった。
麗華は笑顔を保った。
「初期案を夫に見せたことはあります。彼が自作だと思い込んだのでしょう」
「では、この句読点を説明できますか」
委員長が一か所を拡大した。
禎一は会話文の終わりに、意図的に読点を一つ残す癖があった。誤植に見えるため、最終稿ではすべて直す。しかし各章の特定ページだけは位置をずらし、並べると一文になるようにしていた。
壇上ですぐ隣にいた編集者の男が急に青ざめる。
スクリーン上で二十四個の読点を線が結ぶ。
――この草稿を書き終えた日、父の時計が止まった。
その日付は、禎一が原稿を弁護士へ送った日と一致した。麗華の父は健在で、その時計の話を知らない。
さらにクラウドの版管理記録が表示された。禎一の端末から三年かけて増えた原稿が、ある夜、麗華の端末へ一括複製されている。その夜、麗華は編集者の男とホテルにいたことを、二人自身の写真で投稿していた。
委員長は候補作の封筒を閉じた。
「志津野麗華氏と共同名義人の応募資格を取り消します」
麗華が禎一を振り返る。
委員長は別の契約書を取り出し、禎一の席まで降りてきた。
「間瀬さん。原著者として、改めて出版のお話をさせてください」