名前のない王を呼び止める

《大手Vのイオラと無名司書、声だけコラボ?》

《名無し王は認識した相手の名前を消す》

《本名バレ対策で姿を隠しても意味ないぞ》

人気V配信者イオラの立体アバターから、名前表示が消えた。続いてスキル欄、装備名、配信タイトルまで空白になる。視聴者は彼女を呼ぼうとするが、コメントは呼び名も主語も抜け落ちて送信された。玉座には顔のない王が座り、呼ばれなくなったものを次々と透明にしていた。

司書の真昼野綴は、腕に分厚い目録を抱えている。

「私のこと、まだ分かる?」

「声は覚えています」

「それだけで十分。私が消える前に、あいつを止めて」

名無し王が指を向ける。イオラの輪郭が薄くなった。

《対象の固有名詞を消去、名前を失うと攻撃対象に選べない》

《ボス自身には名前がないからロック不能》

《司書の目録も全ページ白紙になった》

綴は白くなった最後のページを開いた。そこには消された名前の数だけ、薄い押し跡が残っている。名前を奪われた探索者たちが、最後まで自分を忘れまいと指でなぞった跡だった。綴はその無数の空白を背負うように王を見て、一度だけ声に出した。

「あなたの名は、待宵」

空白だった玉座に文字が灯る。

名無し王――待宵が初めて顔を上げた。名を得た瞬間、HPバーと弱点表示が現れる。イオラの輪郭も戻り、彼女は光の矢を迷わず放った。矢は王冠だけを射抜き、待宵の身体は穏やかな老人へ変わった。

「どうして、その名前?」

「誰かに呼ばれる夜を、ずっと待っている顔でした」

《システム記録、命名と同時に未登録個体が正式エネミー化》

《イオラの名前も全復元。命名は奪う魔法の逆処理になってる》

《声だけの二人が、名前のない敵を救って倒した》

イオラのアバターは綴へ向き直り、頭上へ新しい名前札を表示した。

「次の配信から、あなたを“共同司書”って呼んでもいい?」

画面下で待ちかねた公式通知が静かに開く。

【新規個体名《待宵》登録者:真昼野綴/初討伐協力者:イオラ】