土を押す指
鳴海沙耶は、昼休みが終わるまでに、窓辺のポトスを新しい鉢へ移すことにした。
鉢の持ち主だった先輩は、三か月前に会社を辞め、その翌月に亡くなった。机を片づけたとき、スマートフォンへ音声が一件送られてきた。予約送信されたものらしい。
『沙耶さん、ポトス、根が詰まってる。暇な日に植え替えて』
その「暇な日」が来ないまま、葉が二枚黄色くなった。午後は先輩が担当していた企画の最終会議で、沙耶は開始までに終わらせると決めた。
同僚たちは昼食へ出ていて、給湯室にはコピー機の待機音だけが届く。沙耶は給湯室に新聞紙を敷き、百円ショップの鉢と土を並べる。音声は二分九秒しかない。
『鉢の横を軽く叩く。引っ張るのは茎じゃなくて、土のほう』
沙耶が横を叩くと、乾いた土が机へこぼれた。根は白く、鉢の形のまま固まっている。思わず茎を持ち上げかけ、声に止められる。
『古い土は三分の一くらい落とす。全部きれいにしなくていい。根、びっくりするから』
先輩は仕事でも同じ言い方をした。資料を直すとき、全部を一度に変えると読む人がびっくりする、と。沙耶は根の間を指でほぐし、落ちるぶんだけ古い土を落とした。
爪の間へ黒い土が入り、白いシャツの袖にも一点飛んだ。会議前に洗う時間はない。沙耶は袖を一度だけ払い、新しい鉢の底へ網を敷き、少し土を入れる。ポトスを中央に置くと傾いた。直しても、また窓のほうへ傾く。
『向きは適当。葉っぱが自分で光を探すから』
音声の後ろで、先輩が誰かに呼ばれている。最後は『水はたっぷり』という言葉と、椅子を引く音で終わった。
沙耶は紙コップで水を注いだ。鉢底から濁った水が受け皿へ流れる。水滴が受け皿から新聞紙へ一つこぼれた。時計を見ると、昼休みは残り三分だった。会議資料の通知が画面に出たが、開かなかった。
新聞紙を畳み、こぼれた土を包む。新しい鉢を窓辺へ戻し、傾いた茎の周りへ土を足した。沙耶は人差し指で根元を一周押し、植物がぐらつかなくなったところで手を離した。