在職中の求職者
転職サイトのデータ提供会議で、宵山慎吾は問い合わせ窓口の契約社員として、三千二百四人の「キャリア関心層」リストを見ていた。買い手は人事コンサル会社。企業ごとに退職リスクを分析するという。
サイト運営会社は、会社名を伏せた統計だけを提供すると説明した。契約料は三億円だった。
慎吾は納品ファイルの列名を読み上げた。現在の勤務先、部署、役職、年収、応募先、最終ログイン時刻。統計ではなく、誰が転職活動中かを特定できる内容だった。
事業部長は、買い手が守秘義務を負うから問題ないと答えた。
「買い手の顧客は、利用者の勤務先です」
慎吾は販売提案書を投影した。「離職予兆社員を個人単位で通知」と明記され、価格は一人当たり九万四千円。転職希望者の情報を、現在の雇用主へ売る商品だった。
さらに三千二百四人のうち四百三人は、第三者提供を拒否している。拒否一覧の処理完了時刻は午後五時五十七分。売却ファイルの抽出は五時五十九分なのに、四百三人が残っていた。
事業部長は、抽出バッチの反映が翌日だから仕方ないと言った。
慎吾はシステム仕様書を示した。拒否フラグは即時反映。五時五十八分、事業部長の権限で「除外処理しない」に変更されていた。変更理由欄には「件数不足」とある。
慎吾自身も転職サイトを使っていた。リストに自分の勤務先と応募履歴があった。
上司は、契約社員が会社へ逆らえば更新はないと囁いた。慎吾は顧客対応確認印を押さなかった。
「退職前の人を売れば、退職理由まで会社が作ることになります」
問い合わせ記録には、勤務先の人事から突然面談を命じられた利用者の声が残っていた。人事コンサルは試験提供を受けた百人のうち、既に二十三人を企業へ通知している。慎吾は、自分の名も「離職確率七十二パーセント」と表示された画面を委員へ見せた。
代表取締役が三億円の承認書を閉じた。四百三人の拒否が、午後五時五十八分の一操作で拒否されることはなかった。