堀へ落ちた影

夜明け前、外堀は一滴の水もなく干上がっていた。

敵兵は梯子を抱え、黒い川のように底を渡ってくる。あと百歩で城壁へ取りつく。矢は尽き、油壺は割れていた。

堀守ディアクは月明かりの中へ立ち、自分の足元を見た。

この堀は水ではなく、人の影を食べて満ちる。影を一つ差し出せば、その影が覆える範囲にいる敵をすべて沈める。

ただし影を失った者は、光の側に属せなくなる。朝日が昇れば身体は薄れ、やがて誰の手にも触れられなくなる。

「私の影では小さすぎる」

副官ソナイが言った。

「なら、伸ばせばいい」

ディアクは烽火台へ登り、背後で最後の油を燃やした。炎が高くなるほど、彼の影は城壁を越え、干上がった堀を長く這った。影の先が、敵兵の列へ届く。

堀の底から、無数の口が開いた。

――与えるか。

ディアクは頷いた。

足元の影が剥がれ、布のように堀へ滑り落ちる。黒い面が一瞬で広がり、敵兵の膝、腰、胸まで沈めた。水はないのに、彼らは喉を掻き、泡を吐いて溺れていく。梯子も槌も旗も、影の底へ吸い込まれた。

残った敵は逃げた。堀の黒い面には、沈んだ兵たちの兜が泡のように浮かび、やがて音もなく飲み込まれた。

城壁から歓声が上がる。ソナイがディアクを抱きしめた。まだ腕は触れた。彼の胸には鼓動があり、声にも温度があった。だからこそ、失うものが影だけではないと分かった。

東の空が白み始める。

最初の光が頬へ当たったとき、皮膚の色が石壁の向こうまで透けた。二筋目で指が霞み、握られていた手がソナイの掌をすり抜ける。

「地下へ入れ。光を避ければ」

「城の朝を見たかった」

声も遠くなる。

太陽が城壁の上へ現れた。ディアクの鎧が音を立てて床へ落ちる。その中に身体はなく、薄い輪郭だけが朝霧へ残った。

ソナイは空の鎧を抱いた。

堀の底では、奪われた影が水面のように揺れている。その中央に、ディアクと同じ形をした黒い人影が立ち、城塞を見上げていた。

兵たちが勝利の名を叫んでも、それは振り向かなかった。

光の中から消えた男は、もう夜の底にしか身体を持っていなかった。