声をなくした夜の実況

水城楓花は、声で二つの仕事をしていた。

昼は通販会社の電話窓口。夜は〈フウカゼ〉という名でゲームを配信する。会社では低く穏やかに、配信では明るく速く。どちらの声も器用に作ってきたせいで、喉にできた小さなポリープを放置した。

医師から二週間の発声禁止を命じられた。

会社には診断書を出せたが、配信の休止理由は「機材調整」とだけ告知した。声が出ない自分には何も残らない気がして、病気だと書けなかった。

三日目、上司の戸村からメッセージが来た。

〈療養中に配信活動をしているという話があります。確認したいです〉

同僚の誰かに知られていた。楓花は震える指で、配信画面の写真を送った。マイクは外し、代わりに文字入力した文章を機械音声が読む設定にしている。

〈声は使っていません。今夜、無言配信を試す予定でした〉

返事はすぐには来なかった。

配信時刻になり、楓花は開始を迷った。視聴者が好きなのは、驚いた声や笑い声だ。機械音だけなら、別の人でいい。

それでも開始ボタンを押した。

画面には、古い冒険ゲーム。楓花が宝箱を見落とすたび、機械音声が平らに読む。

『いまのは、わざとです』

『本当です』

『戻ります』

チャット欄が笑いの絵文字で埋まった。声がなくても、言い訳の順番も、慎重なくせに崖から落ちる癖も、楓花のままだった。

終盤、一通のメッセージが流れた。視聴者名は〈戸村T〉

〈電話窓口の戸村です。副業申請は確認済み。病気を隠す必要はありません。今は喉を休めてください〉

続いて、会社で見慣れた同僚たちの名字をもじった名前がいくつか現れ、拍手のスタンプを置いた。

楓花は泣きそうになり、反射的に「ありがとう」と言いかけて口を押さえた。代わりに入力する。

『声が戻ったら、作らない声で話してみます』

二週間後の復帰配信。音声加工の設定を外し、楓花は息を整えた。

「こんばんは、フウカゼです」

以前より少しかすれた、自分の声だった。

チャット欄が動き出す前に、楓花は続けた。

「この声で、また最初からお願いします」