売れないはずの一室

ホテルの予約窓口で、矢萩朔実は到着二時間前の客から電話を受けた。

車椅子を使う母親との旅行で、バリアフリー客室を半年前から予約していた。ところが確認メールには、一般客室二室へ変更したと書かれている。

画面にはオーバーブッキングの警告が出ていた。担当者は部屋を確保できず、同じ料金の二室に分けたらしい。娘は「母を一人にできない」と声を震わせた。

朔実は謝罪を繰り返す前に、当日のアサイン表を開いた。バリアフリー客室は一室だけ「販売停止」。理由欄には、椅子交換とある。水回りや扉の故障ではない。

フロントへ電話すると、椅子は午前中に交換済みだった。しかし清掃担当から完了報告が届かず、停止表示だけが残っていた。朔実は客室を目視確認してもらい、問題がないことを写真とチェック表で確かめた。

その部屋を母娘へ戻し、すでに割り当てられていた別の客には上階の広い部屋を提案した。単に部屋を入れ替えるのではなく、浴室の手すり、ベッドの高さ、扉幅までフロントに復唱してもらった。名前が同じ「対応可能」でも、必要な設備が一つ欠ければ意味がない。

一般客室へ変更した担当者は、二室なら一室より親切だと思ったのかもしれない。朔実はその判断を責める代わりに、要望欄の先頭へ「同室介助が必要」と表示させた。設備の有無だけでなく、なぜその部屋でなければならないかが見えれば、空室不足のときも別の解決を探せる。

娘はしばらく黙ったあと、「母には、変更があったことを言わずに済みます」と言った。

朔実は、予約時の要望を自由記述だけでなくアサイン表にも表示するよう申し送りを残した。椅子一脚の報告漏れが、家族の旅行を二部屋に切り分けるところだった。

停止表示は、その場で清掃完了と連動するよう修正依頼が出された。

勤務終了のチャイムが鳴る。

朔実が席を立つ前に、次の予約が転送された。

「ベビーベッドを頼んだのに、部屋に階段があるそうなんです」

朔実は空室数より先に、子どもの月齢と部屋までの経路を確認した。