夜勤の連絡帳

風花は夜勤のたび、電子記録のパスワードを変えた。

患者の小春さんも、彼女を見ると時々「今日は本物の風花さん?」と尋ねる。薬の影響で混乱しているのだろう。私は笑って、「風花さんは一人ですよ」と答えていた。

心療内科の病棟で、私は患者との距離を取るのがうまい。風花は優しすぎて、頼まれると断れない。だから彼女の担当患者へ厳しいことを伝えるとき、私は彼女のアカウントを借りた。信頼されている名前から送った方が、指示を守ってもらえるからだ。

小春さんは風花の文章にはすぐ返信したが、私の面談予約は何度も断った。病状のせいで人を見る目が不安定なのだ。正しい治療へ導くには、入口の名前を借りるくらい仕方がない。

風花の文体に似せるため、過去の連絡帳を何度も読み返した。「無理しなくていいよ」という語尾だけは甘すぎるので、私の判断で削った。

小春さんが退院を急いだ週、私は夜中に連絡帳へ書いた。

――家族への電話は禁止。今会えば症状が悪化します。

翌朝は自分の名前で面談し、「風花さんは慎重すぎるけれど、私は味方」と伝えた。小春さんは泣いて礼を言った。

退院支援会議で、風花がその経過を自分の実績として話し始めた。

「家族との面会を再開し、退院先を確保しました」

私の助言を無視したうえ、成功だけ横取りするつもりらしい。

「禁止を決めたのはあなたでしょう」

「私は書いていません」

「記録に名前がある」

「だから、アクセス元を調べてもらいました」

画面に夜間ログが表示された。病院外から風花のIDへ入り、家族との連絡禁止を入力した端末。その接続先は、私の自宅だった。

私は患者を守るためだったと説明した。家族は不安を煽るし、風花の弱い言い方では小春さんが従わない。パスワードも、以前教えてもらったものを覚えていただけだ。

小春さんは、私との面談を望まないと書面で伝えていた。風花が手柄を主張したのは、記録を自分の責任として読み上げ、改ざんを公にするためだった。

会議後、パスワードはまた変更された。

午前二時十三分の「風花」は、最初から一度も病棟にいなかった。