夜間席替え室

午前二時になると、編集部の机は夜間席替え室の指示で移動する。社員は机の位置を直さず、金曜までは割り当てられた場所で働く。引き出しの中身を移してはいけない。隣席になった理由を本人へ尋ねてもいけない。席替え室の場所は誰も知らないが、床には毎晩新しい車輪の跡がついた。

週刊誌の校閲をする祢津の机は、月曜に給湯室前へ移された。火曜は非常階段の踊り場、水曜は誰も使わない喫煙室の中央。周囲から机が一つずつ遠ざかっていった。

祢津は仕事が速く、誤植を見逃さなかった。その代わり、原稿の矛盾を指摘するとき相手の顔を見なかった。飲み会を断り、昼は机で栄養バーを食べた。孤立に不満はなかった。ただ、同期の澄香が隣にいたころだけは、彼女が赤字を入れる鉛筆の音を聞いていた。

澄香は取材班へ移ってから、危険な告発記事を追っていた。前週、編集長に掲載を止められ、今朝、退職届を出した。祢津には何も言わなかった。

木曜の午前二時、床が低く震えた。祢津の机は無人の資料倉庫へ運ばれた。隣には澄香の机があった。退職者の机は即日撤去されるはずなのに、引き出しもマグカップもそのままだった。

理由を尋ねることは禁止されている。祢津は黙って仕事を始めた。澄香の机から、鉛筆で紙を走る音がした。椅子は空だった。

朝までに、祢津の校正紙へ赤字が一つ増えた。彼が見落とした固有名詞ではない。掲載中止になった記事の取材先住所だった。

引き出しの中身を移してはいけない。だが、開けることは禁止されていない。祢津が澄香の引き出しを開くと、告発資料の束が入っていた。最上段に、彼宛ての付箋がある。

〈間違いがあれば直して〉

祢津は一晩で原稿を校閲し、誤字を十二か所、事実関係を三か所修正した。掲載する権限はない。金曜の朝、机は元の編集部へ戻った。澄香の机だけは祢津の隣に残った。

編集長は空席を見ても何も言わず、二つの机の間に原稿投入口を置いた。投入口の宛先には〈夜間席替え室〉とある。

祢津は修正済みの原稿を入れた。

翌週号の発売日、雑誌には告発記事が載っていなかった。代わりに全ページの余白へ、取材先住所が極小の文字で印刷されていた。

澄香のマグカップには冷めない鉛筆削り屑が満ち、その一本一本が、校正前の誤字の形に丸まっていた。