大魔神、通学路に立つ
ぼくのお父さんは、大魔神ボルガンドです。
昔は山を割ったり、お城を踏んだり、悪い王さまを大声で泣かせたりしていたそうです。でも今は、朝七時半になると黄色い旗を持って、学校の前の交差点に立ちます。お母さんが仕事へ行くので、お父さんが家のことをしているからです。
「止まれ、人間の鉄馬よ!」
お父さんは車に向かって叫びます。声が大きすぎて、信号が一瞬だけ全部赤になります。先生は「普通に手を上げれば止まります」と言いました。
お父さんの背は、校門より少し高いです。角は工事用ヘルメットに入らないので、左右に穴を開けました。腰には世界を壊す大剣を下げていますが、学校から危ないと言われ、今は反射材のたすきを巻いています。
ぼくの友だちは、お父さんを怖がりません。
「魔神のおじさん、今日の給食なに?」
「豆の煮物だ」
「えー」
「豆を侮るな。芽吹けば大地を割る」
「でもグリーンピースは残す」
「好き嫌いはするな!」
遅刻しそうな子が来ると、お父さんはその子を肩に乗せて走ります。一歩で校庭まで行けますが、校長先生に「通学は自分の足で」と注意されました。それからは横でゆっくり歩きます。お父さんにとってのゆっくりは、みんなにとっての全力です。
雨の日は便利です。お父さんが翼を広げると、登校班全員がぬれません。ただし暗くなりすぎて、近所の人が「日食かと思った」と言いました。
家では料理もします。カレーを作るとき、地獄の炎で鍋を温めるので、五分でできます。前に鍋まで溶かして、お母さんに一時間怒られました。世界を滅ぼせるお父さんも、お母さんには勝てません。
授業参観の日、ぼくは作文を読みました。
「ぼくのお父さんは、昔はこわい神でした。でも今は、落とし物の手ぶくろを拾って、信号が変わるまで持ち主を待ちます。黄色い旗を忘れると、家まで取りに帰ります。ぼくは、山を割るより、毎朝そこにいるお父さんのほうがすごいと思います」
教室が静かになりました。後ろで、お父さんが鼻をすすりました。その音で窓が三枚開きました。
帰り道、お父さんはいつもより小さな声で言いました。
「我が子よ。褒美に何を望む」
「プリン」
「世界の半分ではなく?」
「プリン二個なら考える」
「承知した」
スーパーで、お父さんは特売のプリンを二個買いました。レジの人にポイントカードを聞かれ、胸を張って出しました。二百ポイントたまっていました。
大魔神は世界を支配していません。でも商店街では、雨の日ポイント二倍を誰より気にしています。