天候塔の最後の署名
王都を逸れたはずの大嵐について、天候塔長ヘルムート・ジオは評議会で胸を張った。
「私が塔の全術式を指揮し、風向きを変えました」
末席の観測術師クレナ・ヴァイスは、包帯を巻いた右手を膝に置いていた。塔長が宴席へ出たあと、一人で雷導石を交換し、焼けた掌で術式を維持したのは彼女だった。
ヘルムートは議員たちへ笑いかける。
「クレナは警報鐘を鳴らしただけです。若者は小さな仕事を大きく語りたがる」
評議長が一枚の責任宣誓書を差し出した。
「嵐回避の全操作を、あなた一人が行ったと保証しますか」
「保証します」
ヘルムートは署名し、塔長印を押した。褒賞金の受領に必要な形式だと思っていた。
「では、塔の主記録を開きます」
評議長が署名済みの紙を記録水晶へ差し込む。天候塔では、最高責任者の署名がなければ操作履歴を公開できない。ヘルムートは自分で、封印を解く鍵を渡したのだ。
水晶に嵐の夜が映る。
――第一警報。確認者、クレナ・ヴァイス。
――第二雷導石、破損。交換者、クレナ・ヴァイス。
――偏西術式、手動維持。術者、クレナ・ヴァイス。
十二時間の記録に、彼女の名が途切れず並ぶ。
ヘルムートの名が現れたのは、その前夜だけだった。
――警報感度を最低へ変更。理由、晩餐会中の誤報防止。
さらに彼の声が響いた。
『嵐が来てもクレナに処理させろ。成功すれば私の指揮、失敗すれば観測員の過失だ』
包帯の下で、クレナの指がわずかに動いた。だが彼女は苦労を語らない。水晶に映る焼けた手と、十二時間の時刻が十分に語っていた。
「部下を動かすのも塔長の功績だ!」
ヘルムートが叫ぶ。
評議長は宣誓書の一文を示した。
「あなたは《一人で全操作を行った》と、今ここで署名しました」
記録水晶の最後に、嵐が王都へ直撃した場合の被害予測が現れた。倒壊家屋二千、死者推定四百。それをゼロへ変えた術式の欄には、クレナの名だけが光っている。議員たちは包帯の手へ、席を立って礼をした。
衛兵長が扉を開き、逮捕状を読み上げる。
「ヘルムート・ジオ。公的記録の虚偽申告および首都防災設備への故意の妨害により、拘束を命ずる」