天国保育室
風見鞠は、三十五歳で肉体を捨てた。
子どもを望み続けた十年の終わりに、がんが見つかった。治療より意識の保存を選んだのは、仮想空間なら人工子どもを育てられると説明されたからだった。
契約会社は、髪や目の色、性格、反抗期の強さまで選べる子どもを一覧にした。どの子も鞠を必ず愛し、決して先に消えない。
鞠は購入画面を閉じた。
愛するよう設計された相手に「お母さん」と呼ばれても、それは注文した返事にしか思えなかった。
代わりに彼女は、天国保育室の世話係へ応募した。そこには、病気や事故でアップロードされた子どもたちがいた。最初は家族が毎日会いに来ても、年月がたつと接続は減る。親が亡くなり、契約が切れ、迎えのない子もいた。
鞠が担当した少年は、十四歳の姿で五十年を過ごしていた。
「母親ごっこなら要らない」
初日にそう言い、鞠が作った朝食を床へ落とした。仮想の食べ物だから汚れは一秒で消せたが、鞠は消さず、一緒に拾った。
翌日、少年は共有した遠足の記憶を削除した。三日後には鞠の名前を禁止語にした。誰かが自分を好きになるたび、先に壊せば捨てられずに済むと考えていたのだ。
鞠は毎朝、入口に座った。
「消してもいいよ。でも私は、きょう来たことを自分のほうに残す」
一年後、少年は訊いた。
「いつまで来るの」
「私にも分からない。永遠って、一度に約束すると嘘になるから。明日は来る」
それから二人は、明日だけを約束した。
少年は鞠を母とは呼ばなかった。成人設定を選び、仕事を見つけ、別の区画へ引っ越した。出発の日に「鞠さん」と呼び、鍵を一本置いていった。
「帰ってきてもいい部屋にしておいて」
鞠は長いあいだ、その言葉を子どもからもらえなかったことに気づかなかった。求めていたのは所有ではなく、誰かが自分を帰る場所に選ぶことだった。
何十年か後、保育室に新しい少女が来た。少女は鞠の顔を見るなり言った。
「お母さんの代わり?」
鞠は首を振った。
「代わりにはなれない。でも、明日は来られる」
永遠の世界で、彼女は一人の子を手に入れなかった。
その代わり、何度でも選び直される大人になった。