女子隊の開いた無線

国境警備隊の雪原演習で、久我千景の防寒具だけ内側まで水浸しだった。

「新人は寒さに慣れないとね」

分隊長の榊原冴子は笑い、乾いた予備服を部下たちへ配る。千景の分だけない。夜明けまで監視壕に立たせれば、倒れると分かっていた。前任の新人も同じ壕で凍傷を負い、自己都合退職として処理されている。

「装備交換を申請します」

「却下。甘えるなら辞表を書け」

冴子は携帯無線を持ち上げ、本部へ報告した。

「分隊長より。久我隊員が任務を拒否。精神的に不安定です」

千景は無線の送信灯を見る。

「分隊長、その回線は」

「黙れ。今からおまえが泣いて謝るところも報告してやる」

冴子は取り巻きへ命じた。

「水筒の残りを頭からかけな。低体温になったら本人の不注意で処理する」

取り巻きの一人が水筒を握ったまま震え、ついに雪へ置いた。誰も動かなかった。無線から、司令官の低い声が返る。

『命令を継続しろ、榊原。記録を確定させる』

冴子が凍りつく。通常の分隊回線だと思っていたものは、演習事故調査の公開指揮回線だった。前日の点検で周波数が変更され、冴子自身が受領確認に電子署名している。

「いまのは仮想敵への指示です」

『では、濡れた防寒具も仮想か』

本部は装備に埋め込まれた温度札を読み取っていた。千景の服だけ、深夜に分隊長用テントで水温十二度の液体へ浸された記録がある。テントを開けたのは冴子の指紋だった。

さらに無線には、過去の演習で冴子が新人を眠らせず、食料を隠し、「辞めれば黙る」と話す音声が自動検索されていく。提出済みの退職願には、冴子が代筆した同じ言い回しが並んだ。

冴子は送信を切ろうとしたが、指揮回線は本部しか閉じられない。

千景は濡れた手袋を外し、予備の毛布を受け取った。「任務拒否ではありません。違法な命令を拒否します」と、今度は本部へはっきり告げる。

装甲車が雪煙を上げて到着し、憲兵が降りる。

無線の向こうで司令官が命令書を読み上げた。

『榊原冴子分隊長。部下への継続的虐待、虚偽報告および生命を危険にさらす命令により、職務を解き、身柄拘束を命ずる』