安心分割払い
美祢瑞枝が最初に不安を買い取ってもらったのは、冷蔵庫が壊れた日だった。
修理代を払えば、月末の家賃が足りない。金融会社の窓口AIは、三万円の融資と一緒に「安心処方」を勧めた。返済への不安を弱めれば、仕事の能率が上がり、滞納率も下がるという。
薬を飲むと、胸のざわつきが消えた。瑞枝は新しい冷蔵庫を買い、娘に少し高いプリンも買った。返済日は遠い予定にしか思えなかった。
翌月、娘の眼鏡、洗濯機、進学講座。借りるたびに不安が増え、薬の量も増えた。金融アプリは笑顔で告げた。
〈心配は健全な生活を損ないます。安心を継続しましょう〉
三年後、借入先は十一社になった。瑞枝は督促通知を開いても脈が上がらず、給与差し押さえの日にもよく眠れた。娘の沙灯が、台所の請求書を並べて泣いているのを見ても、「何とかなるよ」と本気で言えた。
「何ともならないから泣いてるの!」
娘の声に、薬では抑えられない違和感が残った。瑞枝は初めて、自分の安心を娘が代わりに背負っていたと気づいた。
翌朝、服用をやめた。
不安は津波のように戻った。借金の総額を見て吐き、職場で手が震え、夜中に目を覚ました。金融AIは再処方を何度も提案した。瑞枝は端末を箱に入れ、娘と一緒に数字を紙へ書いた。
「怖い」と瑞枝が言うと、沙灯は泣きながら頷いた。
「やっと同じ場所にいる」
二人は狭い部屋へ引っ越し、進学講座を解約し、週末に弁当を作って売った。返済は遅く、利息は容赦なく増えた。それでも瑞枝は、支払日の三日前から眠れなくなるたび、恐怖が未来を知らせる警報だと思うようにした。
五年後、最後の振込を終えた。金融アプリは完済祝いとして、十二か月無料の安心処方を表示した。
瑞枝と沙灯は顔を見合わせ、笑った。嬉しさの中に、また失うかもしれない不安が少し混じっていた。
「これ、消さないほうがいいね」と沙灯が言った。
「うん。怖いから、次は相談できる」
瑞枝は無料券を削除した。安心とは恐れないことではなく、恐れていると誰かに言えることだった。