対象外という判定
〈補償対象外〉。
ペット保険会社の審査画面に、大きな四文字が表示されていた。猫の入院費。能登谷紫苑が退職届を送る前に処理する、最後の一件だった。理由は、契約前から同じ病気があったため、と自動判定されている。飼い主からは、「健康診断では問題がなかった」と再審査の依頼が来ていた。
添付写真では、点滴の管をつけた灰色の猫が、毛布から片目だけ出している。保険金が出なければ、飼い主は今夜の入院を延ばせない、と病院の連絡欄にあった。
紫苑は診療コードの履歴を開いた。契約の二か月前に、今回と同じ腎疾患のコードがある。しかし添付された診療明細には、予防接種としか書かれていない。
「コードが同じなら対象外でいい。再審査の件数を減らす月だよ」
係長は言った。
紫苑は動物病院へ確認した。古い電子カルテへ移行した日に、病名欄の初期値として腎疾患コードが一括登録されていたことが分かった。実際の初診は契約後。血液検査の数値も、その日まで正常だった。
紫苑は自動判定を解除し、入院費を補償対象へ変更した。さらに、診療コードと明細の内容が一致しない場合は、人が確認するよう条件を追加する。
隣の新人が不安そうに画面を見た。
「毎回病院へ電話したら、処理が遅いって怒られませんか」
「全部じゃなくていい。数字と文章が違うときだけ。対象外という言葉は、押す側には一秒でも、受け取る側には治療を諦める理由になるから」
支払決定の通知を送ると、飼い主からすぐに短い返信が届いた。〈今夜、退院できます〉。
係長は、支払率が上がった理由を〈担当者による例外承認〉と記録しようとした。
紫苑は、例外ではなく、データ移行時の誤登録と判定条件の欠陥だと修正した。追加した確認条件を手順書へ保存し、新人でも同じ結論へ届くよう、病院への照会文も残す。
一人の善意として処理される前に退職届を送信した。そのあと、動物医療の共済組合から来ていた面接案内へ、希望日時を入力した。
次は、対象外を増やす速さではなく、確かめる仕事を選んだ。