小鬼と竹竿
元伯爵令嬢ドルシアが押しつけられた辺境の竹林には、小鬼が住んでいた。
王都の人々は「奴らに見つかれば畑も家も奪われる」と脅した。だが初日の朝、現れた小鬼は彼女の荷車から落ちた鍋を拾い、無言で差し出しただけだった。
緑色の小さな手には、折れた竹竿が握られていた。
「直してほしいの?」
小鬼は頷き、川を指した。
ドルシアは今日の開拓を、一本の竿の修理に決めた。裂けた部分へ布を巻き、松脂を温めて塗る。小鬼は自分をピッケと名乗り、器用に蔓をより合わせた。言葉は少なかったが、結び目を締めるたび胸を張るので、褒めればよいのだと分かった。
昼過ぎ、二人は川へ並んだ。
竿は一本。餌を付けるのはドルシア、投げるのはピッケ、浮きを見るのは二人。最初は魚に餌だけ取られ、二度目はピッケが早く引きすぎて尻餅をついた。
ドルシアが笑うと、ピッケも歯を見せて笑った。社交界で彼女の失敗を笑った者たちとは、音がまるで違った。
日が傾くまでに釣れなくても、二人で直した竿は残る。ドルシアがそう言うと、ピッケは首を振り、浮きを指して口へ指を当てた。諦める相談は魚に聞かれるらしい。
三度目、竹竿が大きくしなった。
二人で引くと、赤い鰭の川魚が草の上へ跳ねた。ピッケは歓声を上げたが、すぐ魚をドルシアへ差し出した。
「半分ずつよ」
小さな焚き火に鍋を掛け、魚と野草を煮た。骨から出た脂が汁へ丸く浮き、湯気には川の匂いと生姜に似た根の香りが混じる。竹筒で炊いた米も、ぱちぱちと音を立てていた。
王都からの使者が現れたのは、二人が木椀を持ったときだった。小鬼を追い払えば領地を正式に認める、と契約書を広げる。
ドルシアは署名欄を見ず、契約書を二つ折りにして地面へ敷いた。ピッケの椀が傾かないための敷物にしたのだ。
「この土地で最初に私を助けた住民を、追い出す理由がありません」
使者が顔を赤くする横で、ピッケは魚の半身を彼女の椀へ戻した。
竹林に夕風が通り、葉がさらさら鳴る。ドルシアは熱い汁をすすった。初めての食卓には、爵位より先に、二人分の席ができていた。