屋根の上の金色畑

王都の屋根は、見上げるものだと思っていた。

メルヴィはその上に畑を作った。

古い集合住宅の平屋根いっぱいに黄金豆の蔓を這わせ、雨樋へ収穫輪を取り付けた。豆が熟すと莢だけが外れ、輪の中を転がり、階下の袋へ落ちる。袋が満ちれば配達ゴーレムが市場へ運ぶ。

朝、メルヴィは洗濯物の隣で寝椅子を広げた。

以前の職場は王都通信塔だった。緊急伝言を一分以内に振り分ける仕事で、食事中も便所でも腰の呼び鈴を外せなかった。紺色の制服は襟が擦れて灰色になり、胸ポケットには未処理件数を書いた紙片が何枚も残っている。

屋根では、からん、ころん、と豆が雨樋を滑った。

誰も急かさない音だった。

壁の小窓が開き、会計ゴーレムが紙を一枚差し出す。

《黄金豆六袋、中央市場で売却。家賃および共同水道費を自動支払い。残額入金》

メルヴィは紙を枕の下へ挟んだ。これで屋根の修繕費も貯められる。何より、明日の朝も塔へ走らなくていい。

豆の莢が一つ落ちるたび、屋根には青い匂いが広がる。塔の窓にはなかった風だ。メルヴィは呼び鈴より先に風の向きを知る暮らしを、ようやく自分のものにしていた。

そのとき、腰にしまったままの古い呼び鈴が激しく鳴った。

『通信塔で回線障害。君しか旧式回路を扱えない。直ちに出勤せよ』

塔長の声が屋根へ響く。

メルヴィは空を見た。塔の尖端が遠くに見える。あそこでは今ごろ、誰かが彼女の机を囲み、辞めた人間が戻る前提で怒鳴っているのだろう。

「出勤しません」

『非常事態だぞ』

「保守要員を削ったのは塔長です」

『今は責任論をしている場合ではない』

「私の休みを削るのも、今はやめてください」

『命令だ』

メルヴィは呼び鈴の留め金を外した。ずっと腰に食い込んでいた金具が、思ったより軽い音で床へ落ちた。

「もう部下ではありません」

呼び鈴を収穫輪へ放り込む。からん、ころん、と黄金豆に混じって滑り、階下の不用品箱へ落ちた。

メルヴィは寝椅子に戻り、洗いたての布を目元へかけた。屋根の豆は勝手に売れ、王都の空は、通知を一つも寄越さなかった。