崩れた基礎の購入票
新築した公会堂の柱が完成前に傾き、構造検査員の杠葉直実は、強度を偽った責任者として呼び出された。
「基礎は合格だと、あなたが署名した」
施工会社社長の井狩宗兵が検査書を突きつける。署名は確かに直実の形だった。
「安全を守る立場で賄賂を受け、粗悪な材料を見逃した。市へ謝罪し、資格を返上しなさい」
井狩は記者の前で憤慨し、刑事告発への同意書へ署名した。
直実は傾いた柱ではなく、一枚の購入票を机へ置く。
「私は検査日に現場へ入れてもらえませんでした。ですから、この検査書は提出していません」
「署名がある!」
「筆跡ではなく、材料を確認してください」
公会堂の設計では、高強度の《白峰二号》を使う。ところが崩れた基礎から採取されたのは、倉庫床用の《灰原七号》だった。
井狩は下請けの手違いだと言った。
市の監査官が購入票を読み上げる。
〈灰原七号、百二十袋。用途・公会堂主基礎。購入者・井狩宗兵〉
末尾には注意書きがある。
〈本材を柱・橋・公共施設の基礎へ使用してはならない〉
その直下に、井狩の署名と拇印。値引きを受ける条件として、使用責任を自分で負う契約だった。
「事務員が勝手に押した!」
だが販売所の注文端末は、高危険用途を入力すると購入者の音声確認を残す。
『検査員の署名はこちらで写す。安い方を送れ。崩れなければ同じだ』
井狩の声が会議室へ流れた。
直実の署名は、以前提出した別現場の検査書から切り貼りされていた。拡大すると紙の繊維まで途切れている。井狩は直実を告発するため、偽造書を原本だと自ら提出し、粗悪材の購入票にも自ら署名していた。
市長が記者会見用の文書を閉じ、警察官へ向き直る。
直実は二週間前、粗悪材の搬入を見つけて工事停止を命じていた。その命令書だけが現場事務所から消え、代わりに偽の合格書が置かれていた。下請け職人が、直実の指示で人を入れなかったため傾斜時にも負傷者が出なかったと証言する。井狩が無能と呼んだ慎重さが、市民の命を守っていた。
「井狩宗兵を、公共危険罪、文書偽造および虚偽告発の容疑で逮捕せよ」