工具箱の圧力
父の工房を片づけるため、娘は翻訳用の耳薬を使った。
一滴差すと、物を最もよく使われた形で握っている間だけ、その物の声が聞こえるという。
父は家具職人だった。
娘は絵を学ぶため家を出て、父と長く疎遠だった。
亡くなる前にも会えなかった。
最初に鉋を握る。
刃を下へ、親指をここへ。
声がした。
「強い。朝は強い。夕方は重い」
鉋は、父の気分ではなく、手から受けた圧力しか知らなかった。
金槌は、
「三回目で迷う」
鋸は、
「雨の日、速い」
定規は、
「端を二度確かめる」
と話した。
娘は失望した。
父が自分をどう思っていたか聞きたかった。
しかし道具は、人の心を翻訳してくれない。
工具箱の底に、短い彫刻刀があった。
娘が幼い頃、木へ絵を彫りたいと言って父から借り、刃を欠けさせた物だ。
正しい持ち方を思い出し、握った。
「小さい手。後ろに大きい手。怒らない力」
あの日、父は刃を欠けさせた娘を叱らず、背後から手を添えた。
娘は忘れていた。
次に、父が最後まで使っていた細い鑿。
握ると、声が途切れ途切れに聞こえた。
「紙。封筒。力、ゆるむ」
父は娘から手紙が来るたび、作業を止めていたらしい。
返信はほとんどなかった。
けれど封筒を開くとき、道具を握る力がゆるんだ。
「読んで、どう思ったの」
娘が尋ねても、鑿は答えない。
圧力しか知らない。
工房の隅に、未完成の額縁があった。
娘の最初の個展の案内状と同じ寸法だった。
父は来なかった。
来ない代わりに、絵を飾る額を作っていたのかもしれない。
断定はできない。
娘は未完成の額を仕上げようとした。
鉋は重く、鋸は曲がった。
耳薬が切れるまで、道具は何度も不満を言った。
「強すぎる」
「迷いすぎる」
「端が違う」
父に叱られているようで、娘は笑った。
完成した額は歪んでいた。
そこへ、工房を描いた自分の絵を入れた。
父の気持ちを証明する作品ではない。
握った圧力と、残された空間を描いた絵だった。
耳薬の効果は一度きりで、道具はもう話さない。
娘は工房を小さな共同作業場として残した。
使う人へ、道具の声の代わりに伝える。
「朝は強くなりすぎる。三回目で一度迷う。封筒が来たら手を休める」
心は聞けなかった。
それでも手つきの中に、言葉より正直な温度が残ることはあった。