帰還カプセル
救助艇のハッチが閉じたとき、地球へ帰れると思った。
研究ステーションで火災が起き、連絡通路に閉じ込められて三時間。緊急信号に応じた白い救助艇が接続し、宇宙服の隊員が私を帰還カプセルへ運んだ。
「再突入まで四十分。身体を固定してください」
透明窓の向こうには青い地球が浮かんでいた。
救助隊員の宇宙服には所属国も機体番号もなく、生命維持装置のホースは背中の箱へつながらず、腰の内側へ消えていた。無重力用の装備に見せるだけの衣装だった。
しかし、雲の渦が少しも動かなかった。ステーションは九十分で地球を一周する。数分でも景色は変わるはずだった。
もう一つ、救助艇が姿勢制御をするたび、機械音は鳴るのに身体へ加速度が伝わらない。ベルトの端も空中へ浮かず、ずっと同じ方向へ垂れている。
医療担当は血圧を測りながら尋ねた。
「火災直前、管制室で何を見ました?」
「酸素供給を手動で止めた記録です。事故じゃない」
「誰の操作でした」
私は答えなかった。記録には船長の認証番号が残っていた。
医療担当が採った血液には、検査番号ではなく私のアクセス権限を解除するための生体認証コードが貼られた。問いただすと、緊急時の本人確認だと言う。
壁の時計が四十分を過ぎても、再突入は始まらない。窓の地球は同じ雲を抱えたままだ。
救助艇の航行記録を表示させようとしたが、端末には救助任務ではなく「隔離試験二回目」と出た。医療担当が即座に画面を消した。
私は固定ベルトの留め具で窓を叩いた。透明板ではなく、柔らかな表示膜が裂ける。青い地球が消え、狭い金属壁が現れた。
非常灯が点く。
そこは救助艇ではなかった。ステーションの実験区画にある、長期隔離用の模擬カプセルだった。床には人工重力装置の目盛り、扉には内側から操作できないロックがある。
スピーカーから船長の声がした。
「帰還報告は送っておいた。救助後、容体急変だ」
外で工具が回り、扉の固定具が増えていく。
私は宇宙から帰還したのではない。
真相だけが地球へ帰れないよう、同じ軌道の檻へ移されたのだ。