幹事欄を空けたまま
北條侑布の友人グループでは、予定が決まらないと最後に侑布の名前が出る。
《侑布、店探し得意だよね》
《予約だけお願いしていい?》
断ったことがないから、得意ということになっていた。参加人数を数え、苦手な食材を聞き、変更の電話をかける。食事会の当日は、全員が楽しんでいるか気になって料理の味が薄くなる。
前回は一人の欠席連絡が遅れ、侑布がキャンセル料を立て替えた。後日きちんと返してもらったのに、催促する文章を考えた三日間だけは戻らなかった。幹事が得意なのではなく、困った顔を見せないのが上手くなっただけだった。
春の旅行を決めるグループチャットでも、候補日だけが増え、誰も予約を始めなかった。
《じゃあ侑布にまとめてもらう?》
五人分の賛成の印がつく。侑布はすぐ共有表を作った。宿、交通、予算、キャンセル期限。手を動かせば、止まっていた会話が進む。その瞬間だけ、自分が必要な人になれる。
表の一番上には《幹事:北條侑布》と入力した。
けれど今月、侑布は部署異動したばかりで、帰宅後も新しい業務の資料を読んでいた。旅行を楽しみにしていないわけではない。調べ始めたら眠れなくなることを、もう知っているだけだった。
侑布は幹事欄から自分の名前を消した。
《今回は幹事はできない。参加はしたいです》
語尾に笑顔の記号をつけようとして、やめた。送信すると、チャットは静かになった。侑布は反射的に《候補だけなら出すよ》と続けそうになり、端末をテーブルへ置いた。
三分後、一人が《役割分けようか》と投票を作った。宿担当、交通担当、会計。まだ誰も選んでいない。
侑布は画面を見ながら、最も面倒の少なそうな欄を探した。それを選べば安心できる。でも今回は、役割を小さくして引き受けることもしなかった。
侑布は参加者の欄にだけ丸をつけ、アプリを閉じた。誰かが役割を取らなければ、旅行そのものが流れるかもしれない。それも侑布一人の責任ではない。
共有表には、幹事のセルだけが白く残っていた。侑布はその空白を埋めず、夕食の味噌汁を温め直した。