引っ越し屋が来る前に
広夢と匡が同じ家で暮らしたのは、十三歳から十八歳までの五年間だった。親たちが離婚したあと、広夢は父と残り、匡は母について出た。名字も住所も変わり、連絡は年賀状だけになった。
父が亡くなり、家を売ることになった。引っ越し屋が来る前日、匡が手伝いに来た。
「この棚、まだあるんだ」
「重くて動かなかった」
「俺が落書きしたやつ」
「消えなかった」
背面には、二人の身長を記した線が残っていた。年と名前が鉛筆で書かれ、最後の年だけ匡の線がない。離婚の直前、彼は測るのを拒んだ。
二人は棚の中身を段ボールへ詰めた。父の書類、母が置いていった料理本、修学旅行の木刀。捨てる物と残す物の境目が曖昧で、作業は進まなかった。
「家、いつ引き渡し?」
「来月」
「次はどこ住む」
「会社の近く。狭い」
「この棚は」
「処分」
匡は背面の線を指でなぞった。
「切れば」
「何を」
「板だけ外して持ってける」
ドライバーで背板を外す。錆びた釘が抜けず、二人で棚を押さえた。勢い余って板が割れ、最後の線のあたりに亀裂が走った。
「最悪」と広夢が言うと、匡は笑った。
「昔もこうだったな。直そうとして壊す」
木工用ボンドで亀裂を合わせ、裏から薄板を当てた。乾くまで、二人は空になった床へ座った。父の遺影はすでに箱の中だった。
「葬式、行けなくて悪かった」
「母さん止めた?」
「いや。俺が行かなかった」
「そうか」
広夢は責めなかった。責めないことが許しではないと、二人とも分かっていた。
翌朝、引っ越し屋が来る直前に背板は乾いた。匡は最後の線がなかった場所へ立ち、広夢に鉛筆を渡した。
「今さら測るのか」
「板を持ってくなら、空いてると変だろ」
広夢は匡の頭の位置に線を引いた。二十五歳。昔より十センチ高い。名前は本人が書いた。
背板は広夢の新居へ運ばれ、玄関の壁に立て掛けられた。数日後、匡から宅配便が届いた。中身は小さな水平器と、壁用の金具だった。
メモには〈落ちたらまた割れる〉とだけある。
広夢は金具を二つ取り付けた。片方は少し位置がずれた。直そうか迷ったが、そのまま板を掛けた。玄関を開けるたび、最後に足された線が最初に目に入る。