役職名だけの投票
安曇野真珠は、投票用紙の中央へ大きく四文字を書いた。
〈裏切り者〉
岩城哲平は吹き出し、風祭佐保は呆れた顔で首を振った。
「それは答えじゃない」
「誰の名前を書けとは言われてない」
規則は短い。
〈投票先を記入せよ。投票先が裏切り者と一致した者を解放する〉
三人には一人ずつ識別番号と役職が割り当てられている。候補名簿には本名、番号、役職の三欄があるが、役職欄だけは全員〈未公開〉。真珠は、投票先を指定する方法が本名に限定されていないことを見抜いた。
名前で人物を指せば、誰が裏切り者か推理しなければならない。役職で人物を指せば、裏切り者が誰であっても、その人物へ届く。
『循環した回答です。「裏切り者は裏切り者」と書いているだけでしょう』
「質問に答えているんじゃない。宛先を指定してる」
真珠は宅配伝票のような投票用紙を持ち上げた。上部には確かに〈投票先〉とあり、〈氏名〉とは書かれていない。
哲平が慌てて自分の用紙へ「裏切り者」と追記しようとした。しかし一度書いた文字は、透明膜で封印されている。佐保もすでに真珠の名前を書いていた。
残り五秒。
『役職は開票まで非公開です。宛先として確定していません』
「郵便で『社長様』と書けば、社長が交代してもその時の社長へ届く。役職宛てってそういうもの」
集計機が用紙を吸い込む。
〈役職照合。裏切り者――岩城哲平〉
〈安曇野真珠の投票先――裏切り者〉
〈一致〉
真珠の首輪が外れた。哲平の笑顔は消え、佐保は悔しそうに投票欄を見つめる。
『推理ゲームを無意味にしましたね』
「役職を隠したまま、役職名を候補欄に載せたのはあなた」
真珠は出口で振り返った。
「人を当てさせたかったなら、人の名前で答えろと書くべきだった。言葉は、書かなかった制限まで守ってくれないよ」
投票用紙の四文字は、誰の本名より正確に一人へ届いていた。