応援席の主将
最後の大会の一週間前、主将は右足を骨折した。
練習試合で相手と接触し、救急車の中でも「決勝には間に合う」と言った。医師は笑わなかった。
大会当日、彼はユニフォームではなく、マネージャーと同じ白いポロシャツを着ていた。松葉杖の脇には、冷たいタオルを詰めた保冷箱。
「運ぶの手伝う」
マネージャーの私が言うと、彼は首を振った。
「今日は俺もこっち」
いつも指示を出す側だった主将が、ベンチで水を配り、交代選手のゼッケンを確認し、落ちたボールを拾った。動くたびに顔をしかめるので、見ているこちらが怖かった。
試合は一点差で負けた。
笛のあと、選手たちは主将の前で泣いた。自分が出ていれば、と彼は言わなかった。ただ一人ずつに冷たいタオルを渡した。
最後に一本余った。
「主将の分」
私が言うと、彼は受け取らなかった。
「今日、俺は何もしてない」
「一番働いてた」
「点は取ってない」
学校へ戻る夕方、彼はグラウンドの端に座った。松葉杖が長い影を作っていた。
「出たかった?」
「聞く?」
「聞く」
「出たかった」
声がかすれた。
私はタオルを氷水に戻し、もう一度絞った。それを彼の頭へ載せた。
「冷たい」
「選手に渡すとき、いつも言われる」
「マネージャー、楽じゃないな」
「主将も」
彼はタオルを顔へ下ろした。
「応援席で、みんなの背中しか見えなかった」
「私は三年間そうだった」
彼がタオルの隙間から私を見た。
「怖くないの?」
「怖いよ。自分では何も変えられないから」
それでも声をかけ、水を渡し、記録をつける。届くか分からないものを、毎日差し出す。
彼はしばらく黙り、最後に笑った。
「今日だけ、マネージャーの先輩だな」
「一日で追いつかないで」
卒業前、彼は後輩へ主将の腕章を渡した。私には、あの日の白いポロシャツを見せた。胸元に全員の名前が書かれていた。
その中で、私の名前だけが一番上にあった。
「最初にタオルをくれた人だから」
主将として最後に覚えたのは、前に立つことではなく、背中を見ることだった。