恋人ではない二人
葛西映見と曽根崎恒は、最後の練習でも同じマイクを使った。
一番を映見が歌い、二番を恒が歌う。顔を寄せるたび、芝崎柊はドラムの向こうから視線を外した。
二人は恋人ではない。何度訊かれてもそう答え、実際、一度も付き合ってはいなかった。ただ、互いの息継ぎを誰より知り、夜中の二時に新しい歌詞を送り合い、ライブの帰りは必ず同じ駅で降りた。
「結婚式、六月だっけ」と柊が訊く。
「うん」と映見。
「恒は来る?」
「その頃、ベルリン」と恒が答えた。
映見は卒業後、婚約者のいる静岡へ移る。恒は映像制作会社の研修で二年間ドイツへ行く。柊は東京に残り、別のバンドへ加入する。
「俺たち、解散の理由として弱くない?」と柊。
「浮気でも喧嘩でもないから?」
「もっと物語っぽいやつ」
恒はマイクの高さを映見に合わせて二センチ下げた。
「予定が合わない。それで十分だろ」
柊は、二人が同じ駅で降りた夜を何度も見送ってきた。尋ねれば壊れると思い、尋ねなかった。結局、尋ねなくても同じように終わるのだと、今日になって知った。
最後の曲は二人の掛け合いで始まる。柊のドラムが背中を押し、映見と恒の声が一本の旋律に重なる。サビだけは、どちらが主旋律なのか分からなくなるほど近かった。
歌い終えた映見が、マイクから離れないまま言った。
「式でこの曲、流してもいい?」
恒はすぐに答えなかった。
「だめ。新郎がかわいそうだ」
「恋人じゃないのに?」
「恋人じゃないから」
柊はスティックを置いた。ずっと聞きたかった答えが、聞きたくない形で出た気がした。
片づけのとき、映見は二人で使っていたマイクを恒へ渡した。恒は受け取らず、スタンドを一本追加して、同じ高さにそろえた。
「次は一人一本で歌えってこと?」
「次は、別々の場所で歌う」
三人はスタジオを出た。柊は新しいバンドのチャットに招待され、映見は式場からの電話に出て、恒は空港行きの切符を検索した。
無人の部屋では、二本のマイクスタンドが少し離れて立っていた。もう顔を寄せなくても、互いの息が聞こえそうな距離だった。