恐怖役を降ります
霧生漣子は、恐怖配信で家を買った。
最新のホラーゲームは、視聴者の反応を学習し、最も怖い姿でNPCを出す。漣子が泣き叫ぶほど投げ銭が飛び、幽霊ミレイは日に日に残酷になった。
登録者百万人記念の夜、廃病院の廊下でミレイが現れなかった。
代わりに、白い服の女が椅子へ座り、カメラを見た。
「今日は驚かせません」
コメント欄には〈は?〉〈返金〉が流れた。
漣子は笑って誤魔化し、演出用の悲鳴を上げた。
「出てきてよ、仕事でしょ」
「あなたが怖がるたび、私は壊されて作り直されます」
「痛みなんてない」
「では、なぜあなたは配信が終わると震えるのです」
ゲーム内の怪物たちが次々に病室から出て、床へ座った。首のない看護師も、壁を這う子どもも、襲う役を拒否した。廃病院は静まり返った。
視聴者数が減り始めた。スポンサー担当から、強制リセットしろとメッセージが来る。漣子は管理コマンドを開いた。ミレイの削除には、確認ボタン一つで足りた。
そのとき、彼女は自分の手が本当に震えていることに気づいた。配信を始めて三年、眠るときも悲鳴の練習が抜けず、玄関の物音で心拍が跳ねた。怖がる自分を商品にしすぎて、怖くない時間の過ごし方を忘れていた。
漣子は確認ボタンを閉じた。
「じゃあ何をする?」
ミレイは窓を指した。
「朝を待ってみたい」
二人は何もせず、仮想の夜明けを待った。漣子は配信で初めて、沈黙が怖いと正直に言った。ミレイは、怖がらせずに隣へ座った。視聴者は十分の一になったが、残った人々はコメントをやめた。やがて粗い光が廊下へ差し、怪物たちは初めて影を落とした。
翌日、スポンサー契約は解除された。
漣子は恐怖配信を辞め、静かなゲームを紹介する小さな番組を始めた。収入は減り、家のローンは長くなった。
ミレイは修正で消えた。
けれど漣子は、夜に震えたとき、悲鳴を演じなくなった。窓を開け、朝が来るまでただ怖がった。
それは商品ではなく、彼女自身の恐怖だった。