息継ぎの数だけ
千羽ヨルの遺作は、息だけで最後の歌詞を作った。
妹の香月真帆は、所属事務所で一度きりの試聴に立ち会った。ヨルは睡眠薬の過量摂取で死亡し、部屋に残っていたアカペラ音源が最後の曲とされた。
声が終わったあと、三つの息継ぎだけが残る。
歌詞表示には、存在しない一行が出た。
〈息をして〉
幼いヨルは発作を起こすたび、真帆の手を握った。今度は真帆が呼吸の速さを教えた。
「息をして。ゆっくり、私に合わせて」
その言葉で姉は何度も戻ってきた。だから最後の一行を見た時、真帆は自分への別れだと思った。三田村は、姉が弱さを隠して薬へ逃げたのだと説明し、真帆にも謝罪した。発見者は自分で、すでに脈がなかったと何度も繰り返した。その丁寧すぎる説明が、曲の不揃いな息より不自然だった。
だが、息の数が合わない。ヨルは一度吸うたび、喉の奥で小さく笛が鳴った。最後の三呼吸には、その笛が二種類ある。ひとつは姉。もうひとつは、低く長い男の息だった。画面の波形でも、細い山と太い山が交互に並んでいる。真帆は子どもの頃、姉の背に耳を当てて呼吸を数えた。あの不揃いな笛を、他人と聞き違えるはずがなかった。
真帆は伴奏生成を止め、原音だけを再生した。サビの裏で布が擦れ、錠剤の瓶が転がる。事務所代表の三田村剛志は、発見時にはヨルが冷たくなっていたと証言していた。しかし最終呼吸のあと、男の声が入っている。
――まだ呼吸がある。
続いて玄関の閉まる音。
自動字幕は冒頭と語尾をノイズとして落とし、中央の四音だけを歌詞欄へ出していた。そこには、最初と同じ一行が表示されていた。
三田村は、救急車を呼べば自分が渡した薬が見つかるため、ヨルを置いて逃げた。彼女は死ぬまでの十一分間、曲のテンポに合わない呼吸を続けていた。
真帆は再生を止めず、警察へ原音を送った。最後の息が、スピーカーの中で細く震える。
「息をして」
もうそれは、姉を生へ戻す祈りではなかった。
姉がまだ生きていた時刻を示し、見捨てた男を追い詰める証言だった。