戦争を降りる兵士

冬木沢斐は、百三十六年間、同じ丘を攻めていた。

兵士が死ななくなってから、戦争は終わらなくなった。撃たれても数時間で再生し、翌朝また塹壕へ戻る。領土管理AIは一日の占領時間を小数点以下まで計算し、双方の政府は毎晩、勝利を発表した。

斐は丘の名前を知らなかった。最初の地図には名前があったが、百年前に泥で読めなくなった。

最初の十年は帰還を願った。五十年目には敵を憎む理由を忘れ、百年目には故郷の駅名さえ思い出せなくなった。それでも命令は毎朝更新され、昨日撃った相手を今日も撃つことだけが、彼の身分を保証していた。

ある朝、斐は銃を置き、白い布と薬缶を持って塹壕を出た。敵兵に撃たれた。夕方には再生し、翌朝また出た。三日目も撃たれた。四日目、敵兵が弾を節約した。

斐は丘の中腹で湯を沸かした。敵の塹壕から一人、女兵士が出てきた。

「罠?」

「百三十六年かける罠は、効率が悪い」

二人は茶を飲んだ。女兵士は敵国の言葉で丘を〈眠る犬〉と呼ぶと教えた。斐の国では〈鋼鉄の拳〉と呼ばれていたらしい。どちらも地形には似ていなかった。

翌日は四人、その次は十二人が集まった。銃撃が止まる時間が長くなった。管理AIは戦闘効率の低下を警告し、司令部は斐を軍法会議へ送った。

「敵前逃亡を認めるか」

「逃げていません。丘にいました」

「戦闘を放棄した」

「はい。戦争だけを降りました」

死刑は意味がなく、禁錮も兵士不足で採用されなかった。判決は、丘の永久監視任務だった。

斐は笑った。望んだ場所へ、公務として戻れる。

半年後、丘には粗末な小屋が建った。双方の兵士が交代で茶を淹れた。政府はそこを非公式接触点と呼び、停戦とは認めなかった。それでも丘では、一日も占領時間が記録されなくなった。

斐は小屋の看板に、二つの国の言葉で名前を書いた。

〈降りた人の丘〉

不死者の戦争を終わらせたのは、勝利ではなかった。一人が翌朝も撃つことをやめ、その次の朝もやめ続けたことだった。