手のひらの温度差
律花の手は、いつも冷たかった。
緊張するとさらに冷える。フォークダンスの列に並んだ時には、指先が自分でも驚くほど冷たくなっていた。律花は体操服の裾で何度も掌をこすった。温めるつもりが、汗だけが乾いて、かえって冷えた。
「死人みたい」
最初の相手に言われ、笑ってごまかした。二人目には「保冷剤?」と言われた。みんな悪気はない。だからこそ、手を差し出すたびに申し訳なくなった。小学生の頃から、握手のたびに驚かれた。自分の手は相手の楽しい時間を一瞬だけ止めるのだと、いつの間にか思い込んでいた。
曲の半ばで橙也が来た。
同じ図書委員で、普段は本の返却期限しか話さない。橙也は手を取った瞬間、少し目を見開いた。
また言われる、と律花は身構えた。
「熱、分ける」
橙也はそう言って、握り直した。
彼の手は驚くほど熱かった。日向に置いた机のようで、指先からじわじわ温度が移ってくる。律花は初めて、冷たいことを謝らずに相手の手を握った。橙也も熱いことを隠そうとせず、二人の間だけ季節が混ざった。
「暑くない?」
「緊張すると熱くなる」
「逆なんだ」
「足して二で割れば普通」
二人とも振りを一拍間違えた。向きを直そうとして、肩がぶつかった。笑うと、さらに一拍遅れた。
交代の合図が鳴る。
橙也は手を離す前に、親指で律花の指先を確かめた。
「まだ冷たい」
「一曲じゃ無理」
「じゃあ次の曲も」
「列、変わるよ」と言う前に、彼は次の相手へ流れていった。
二曲目はなかった。予定より競技が押して、フォークダンスは一曲で終了した。
片づけの時、律花は放送席の陰で橙也を見つけた。彼は紙コップの麦茶を二つ持っていた。
「冷たいけど」
「手は?」
「まだ熱い」
律花は麦茶を受け取らず、空いている方の手を差し出した。
今度は音楽も円もなかった。二人はただ一度、ゆっくり握手をした。離したあとも、律花は指を曲げたまま、その温度を逃がさなかった。
何年たっても、あの日の曲名は思い出せない。
けれど冷たい手と熱い手が、ほんの数秒だけ普通になった温度は、忘れたことがない。