投資しない理由
浜名浩之は同窓会の隅で、水を飲んでいた。
安積啓介は彼を見つけると、派手な腕時計を見せながら近づいた。
「まだパソコン直してるの? 俺は起業家。来月には資金調達して、年収一億コースだ」
浩之は十年前、昼休みに古いパソコンを分解していただけで“修理屋”と呼ばれ、安積に部品を隠されたことがある。
今の浩之は濃紺のジャケットがよく似合い、静かな目つきに余裕があった。だが安積は、聞き手を見つけたとばかりに事業計画を語り始めた。
「投資家なんて数字を盛れば食いつく。利用者は実際の三倍で出してる。どうせ見抜けない」
浩之は一度だけ確認した。
「それ、投資家にも同じ資料を?」
「当然。今夜も審査担当が来るらしい。俺の話術なら一発だ」
同窓会の後半は、卒業生による仕事紹介だった。会場の画面に、国内最大級のベンチャーファンドのロゴが映る。司会者が代表を呼ぶと、浩之が立ち上がった。
高校卒業後に開発した決済技術を売却し、その資金で投資会社を設立。現在の運用額は二千億円。経済誌に掲載された端正な顔写真とともに、〈最年少代表パートナー〉の肩書が示された。
安積の笑いが止まる。
「審査担当って、お前?」
「最終投資委員会の議長だよ」
浩之の部下が、安積の事業計画書を机へ置いた。利用者数の虚偽はすでに確認され、投資見送りが決まっていた。さらに、別の金融機関へも同じ虚偽資料を提出しているため、審査共有システムへ記録されるという。
「同級生なんだから、融通きかせろよ」
安積が小声で言う。
浩之は首を横へ振った。
「同級生だからこそ、今の告白まで聞かなかったことにはできない」
その直後、壇上で次の投資案件が発表された。選ばれたのは、同じクラスで安積に“地味仲間”と笑われていた女性の介護技術会社だった。浩之は彼女と握手する。
大型画面で安積の案件に〈見送り・虚偽申告〉の赤字が灯る。彼が盛った数字より、浩之が黙って積み上げた信用のほうがはるかに大きいと、全員が知った。